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0地点からの
建築の展覧会のもつ役割とは何だろうか?
今回の展覧会の準備を進める中で感じた事は、予算や敷地、その他の社会情勢、クライアントの好みなど様々な条件によって規定される実施プロジェクトでなく、展覧会ではその人の建築的思考を純粋に見せる事が心がけられる。おそらくそこで試みられる事は、普段の建築の中に現れでている何かに違いない。けれども、その成立する条件の違いによって全く見え方が変わっている。思考というある種概念的なものを見せるには、できうる限り現実のノイズが取り払われた状況を用意する必要があるのだ。だから、建築の展覧会で行なわれるべきは、この「0地点」とでもいうべき状況をまず設定することではないか。それは実際の展示空間の整備に始まり、建築家の頭の中から普段設計において必然的に考慮に入れざるを得ない諸条件を取り除く事、そして作品制作においては「0地点」を演出するためのディテールの改良などにおよぶ作業である。そうして、科学の実験室で世界のモデルとなりうる現象や理論が実験によって実証されていくように、展示空間という「0地点」において建築を成り立たすということは、この各建築家の建築的思考=世界モデルの課程を実証する場という事ができるのではないだろうか?

追記
模型において構成要素となるものには縮尺が与えられても、そこに作られる(作り出そうとしている)空間は1/1であらわれるから意味があるんじゃないかな。実際の住宅とかの建物になると1/1なんて言わないのに、展覧会でのインスタレーションなんかになると1/1ってあえて言うのもなんか変。1/1といえども「建物」でない以上それは大きな模型以上の意味合いを持っていないという事なのかな〜。となると、重要になるのは体験の「らしさ」にいかに近づくかということになってくるのか。であれば、別に何分の一の表現でもやりようによっては「らしさ」に近づけるだろうし、となるとやっぱり空間は1/1でしか現れないってことに話しが繋がってくるのか。
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by shinichi-log | 2012-02-29 02:37 | Comments(0)
京都会館、再訪
再訪といっても、もう何十と足を運んでいる建築。けれども今日は改めていっこの建築の魅力を再認識したという意味で再訪というべきものだった。それはおそらく外国人のアテンドという役目で、それゆえ他人の目を通してということも理由としてあるのだろう。
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ということで、今日気付いた事をメモしておきたい。
・まず、立て替えが問題となっている第一ホール。現在のホールの台形の屋根ボリュームは中庭から見ると三角形に見え、そこから日本的な特徴をもつ庇のデザインとあいまって、日本のお寺の大屋根のように見えてきて、印象的なエレベーションを作り出す。そうなると庇より下の柱梁の構成が木造建築のような軽やかさをどんどん際立たせていく。普段は昼間のガラスが不透明な状況でみていたのだが今日は夕景でガラスも透明性の高い状態でより強調されていたように思う。また、一般的に隣の和風のコンクリート建て美術館別館は、評価が低く、正直ないほうがいいのではないかと思わせられる事もあるが、京都会館の意匠との対比という意味では大変意味のあるモノに感じられた。よって、今回の提示されている改修案での中庭側のガラスの箱は、上述の近代建築と日本的空間構成というコンセプトからを大きく損なってしまうのではないか?それは、致命的に建築の持つ価値=その建築が実現しようとした理念(それは否定された訳でも、時代遅れになった訳でもない)を損なってしまうに違いない。
・ピロティの床のペーブメントがホール一階と同じということも知ってはいたが実感として再認識。内部的な外部として扱われている事が明確に、と同時にホール一階が外部的な内部として考えられている。これは先日のこのピロティでのピクニックの時に感じた内包される感じを作り出している考え方であるように思われる。
・ホールのエントランスが1Fにあることによって表現される平等な市民社会という理念。まさに建築に理念を感じた瞬間。人がすーと地続きにホールに吸い込まれていく。非日常へ誘う豪勢なアプローチではなくあくまで親しみさるそぶりで人を招き入れている。ここに建築家の社会に対する理念が感じられ、それが空間的に現れていることに非常な感動を覚えた。

今回、なんども見ていた京都会館に関して、非常に新鮮な経験をすることができた。誰かに一生懸命説明しようとする事で、新しい気付きや再発見もあり、また印象や感想を言葉にまとめるよい機会になったのだろう。へたくそな英語ではあったが、伝えるべき事があれば伝わるのだという誰かの言葉を思い出した。

にしても、京都市には見学申し入れたのに、結局返事がなかった。もしかりにこれをきっかけに京都会館が世界遺産への道を歩むという事になったかもしれないのに、残念なことである。京都会館を世界遺産に。それがいい事かどうか賛否あるだろうが、今起りつつある事態に向けた一つの可能態として心にとどめておきたい。
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by shinichi-log | 2012-02-20 22:08 | daily | Comments(0)
中国以外のアジアの国々に目を向けてみる、と。
先日のジャカルタの都市研究についてのインタビューを受けて思った事。

日本人建築家の十八番ともいえる個人住宅。けれども中国のように全ての土地が国の所有である場合、都市部では大規模な開発で集合住宅を建設するという事態がおこってくるため、個人住宅というリアリティが全然わかないというのが現状らしい。そうなると、日本で住宅をたくさんつくって実績を積んで、中国のマーケットにといっても中々理解が得られないという事も起こりえそうだ。けれども、都市化が進んでいるのはなにも中国だけでなく、インドネシアなど多くの国は日本(というか多くの国)と同様に、個人が住宅と土地を所有している。その上インドネシア政府は公共住宅の共有をほとんど行なっていないという事なので、タイプはあれど基本個人住宅によって都市が造られているともいえる。現状では、その地域の大工さんが住宅の建設に関わっているらしいが、日本同様世代が進むにつれて起る土地の細分化や、都市化による環境変化にたいして、建築的な有効な対応がとれていないらしい。なので、もしかしたらそういう場所には日本の建築家の住宅分野での豊富な経験の蓄積が多いに役に立つのかもしれないな、などと考えてしまった。中国のその先に。
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by shinichi-log | 2012-02-07 18:39 | Comments(0)
京都の抽象的都市構造
さて、京都は碁盤の目を持つ非常に人口的で抽象化された都市基盤を持っている。それゆえ、町家(+長屋)という単一の形式をグリッドの中に効率よく展開し、普及させる事ができたのではないだろうか。結構道路がまっすぐで、街区のスケールも同じくらいというのは材料の規格化にも都合が良かったに違いない。そうしてつくられたのが、町家の連なる伝統的な美しい街並だった。少し前までは。現在では、そのような町家が比較的多く残るエリアも存在するのの、基本的には日本中どこにでもあるようなマンションや商店、建て売り住宅の中にたまに町家が残っているという言ってしまえば凡庸な風景で覆われている。それは、もちろん適切な都市計画や保存が行なわれなかった政策上の失敗でもあるのだけれど、グリッドの抽象的な都市構造は、町家の街並を形成するにも都合の良かったが、よく考えれば都市を均質化するという作用をそもそも強く持っていたんではないかと考えてします。だからこそ、町家という単一のシステムで街を覆うということもしやすかったし、全体的に中庸な都市が出来上がるのも簡単だったと考えれなくもないのではないか?逆に、谷や山といった地形によって少なからず都市空間が規定されている東京の印象は、全体的に同質というものではない。抽象的な仕組み以上に、地形の持つ力が残っていて、影響を今も昔も与えているからではないだろうか。1200年の間幾度かの消失を経てもなお都市を維持しえていることもこのグリッドによる効率のいい生成力によっているのかもしれない、とすると条件さえ上手く設定できれば街並の誘導も比較的行ないやすいとも考えられないか。条件を比較的揃える事が可能であるのだから。
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by shinichi-log | 2012-02-06 22:31 | Comments(0)



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