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謎、パズル、動的情報
部分だけしか聞けなかったが、昨晩のsocialkitchenでの佐々木敦氏のレクチャーを聞いて。

佐々木氏本人も終了後のツイッターで非常に面白かったと興奮気味に語られていたように、後半にかけて盛り上がっていったのだが、基本的には「日本の思想」から「未知との遭遇」に至り、加納+高橋展のタイトルでもある「パズルと反芻」について語るという内容だった(ようだ。)

日本の思想が、80年代、90年代、00年代はゲーム盤の上での「ゲーム」が「反復」してきた事に対し、テン年代はそのゲーム盤(どれだけわかるを提供できるか)から抜け出さだす事が必要とするのが「未知との遭遇」で語られている事のようだが、キーワードとして「日常」と「なぞ」ということが言及されていた。ここでは主に後者について書いていく。

「なぞ=よく分からないもの」と考える。

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by shinichi-log | 2011-12-19 12:48 | Lecture log | Comments(0)
倉方塾で、、、
倉方塾に呼んでいただき、ひさしぶりのRADプレゼン。
僕らにとっては、来年度からの展望をふまえて、これまでを振り返る非常にいい機会であった。
これまで、時々の状況や巻き込まれ方で進めてきたプロジェクト達を構造化するよい機会となった。

師でもある米田さんが会場に来られるという事でかなり緊張していたが、直前によった粒々堂の松村さんにお茶に誘ってもらった事で大分緊張がほぐれた。ほんとにありがとうございました。

【未整理なメモ】
さて、一通りプレゼンをしたところで、自分たちの意見表明という事に置いて不十分ではないか?そのことが何となく不可解だというような話しへと議論が進んでいったように思う。それは、各プロジェクトが並列的に並んでいるのだけれど、その全体を通しての集約されたメッセージが見えてこないという事へのいらだち、というか腑に落ちなさだと思う。そのように活動を上手く集約して編集したらすっきりとクリアに見えるという意見が一方であり、パッケージ化されていない状態をとどめいている事こそRADの活動における強みなのではないかという意見もだされた。つまり、並列的に扱う事でRADのアイデンティティがまず複数化されるのだが、そのことは個別の強度の弱さとしてありつつも、並列であるからこそ巻き込める人のバラエティや、場に適応するカタチでのプロジェクトの進化の可能性もあるだろうと。それは西洋的というよりは東洋的な思想であって、ネットワーク理論に近いものなのではないかというのが恩師のご指摘。

途中三角形をもちいた図を提示し建築的な領域の広がりを説明した。意図していなかったが、おそらくそこで言いたかったのは、要は中心の一点に集約していくような動きではなく、周囲に網の目のように拡散して広がっていくような動き方がしたいという事だったのではないだろうか。おそらくその事が、先に言われているネットワークであり、現代的なリスクヘッジという話しに繋がるのかもしれない。つまりそもそも集約化しパッケージングする事が目的ではなく、どれだけ拡散でくるのかということを僕らは問題にしていた。

そういえば、MVRDVが都市においては革命ではなく、絶え間ないevolutionこそが重要であるべきだと言っていたが、そのようにRADの各プロジェクトも発展的進化を遂げながら、状況に合わせて生き残っていくという戦略と考える事もできる。その事の価値や意味やクリエイティビティをどれだけ提示できるのかということにいなるのだろうか?

プロジェクト同士は並列的に存在し、主体性を複数化したまま、プロジェクト内部での集約を上手く進めていく事が今後の課題でであろうか?

ともかく、プロジェクト自体への質問はなく、RADという活動そのものへの疑問が集中した事がどういう事だったのかも少し考えたい。
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by shinichi-log | 2011-12-14 02:53 | review | Comments(0)
【告知】倉方塾3に参加させていただきます。
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来週13日火曜日に上記のトークイベントに参加します。
お時間あるかたは是非お越し下さい。
お待ちしております。

川勝
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by shinichi-log | 2011-12-07 13:10 | 告知 | Comments(0)
アイロニストな建築家の自由(メモ)
長坂常さんのレクチャーと行き帰りの電車の中で読んでいた一般意思2.0、13章がおもしろいくらいにつながって読めてしまったので、その事を少しメモ(以下は思いつきのレベルをでない上に、文章も支離滅裂だ。関連付けに根拠もないし、説明も十分でないです。その辺りご了承ください。)

さて、一般意思2.0の中で東博樹はアメリカのプラグマティズムの哲学者ローティによるアイロニスト(アイロニーを実践する人)の定義を紹介している。

「自分にとって最も重要な信念や欲求の偶然性に直面する類の人物」(ローティ)

これがローティによる定義なのだが、ここでいう偶然性とは「たまたま」という感覚を指している。ゆえにそれは東の記述によると、「あることの普遍性を信じながら、同時にそのものが特殊である事も認める」人ということになる。この「2つの矛盾する主張を同時に信じる」ことに如何に耐えるのか。

さて、これがどのように長坂さんの話しに繋がるのか。話しの中で「これでいいいのだ」という価値観を大切にしたいという長坂さんの言葉があったのだが、これはつまり「これがいい」というカント的な主観に根ざした絶対的な価値観によってモノをつくるのではなく、「これでいい」という態度によって、その事自体は確かだけれども当時にそこに外部としての他者を受け入れることを許容する
という意味において非常にアイロニカルといえるのではないか?
建築家は、引き渡しという時間的な切断を行なわなければならない故に、その時点での完成形を目指して建築をつくる。しかしながら、それはひとつの完成形ではあるものの、同時に他の完成形の姿を許容する建築のあり方。

もう一点、この章の最後に自由について議論が紹介されている。
自由とは、主体の意識的な行為を何事も妨げられないということを意味する。自由を信奉する人の事をリベラルとした上で、ローティはリベラルであるという事を「理念を必要としない、身体的な反応(=無意識)を意味する言葉としてとらえ返し」ていると東は述べている。
長坂さんのスライドもまた自由になりたいということから始まっていた。自由とは何であろうか?自由を獲得するためにはどうすればいいのか。自分の意識を先鋭化させて何ものにもとらわれず自分の表現を突き詰める事が一般的には自由であると考えられているが、長坂さんの場合はそうではない。そのような行為は逆に多様である事、自分以外の何かを受け入れる事の可能性を取り除いてしまっていると考えているようだ。では、自由はどのように獲得されているのか?ここで長坂さんがきわめて限定的な行為「とる」「削る」「切る」「流し込む」によってデザインを行なっている事を思い出したい。単純な行為=操作。それは先の言葉で言うと「身体的な反応=無意識」を呼び起こすためのきっかけではあるまいか。ローティの自由の概念が一般的なものと異なっているのと同様に、長坂さんの自由も、これまで建築家や芸術家が目指してきた自由と実は正反対のものとして構想されているのかもしれない。

この自由を巡る態度は先のアイロニーの議論と繋がってくる。アイロニストである長坂さんは操作の限定性(=何でもできるではない)によって、最大限の自由を建築の中に生み出せるのではないかと信じている、そう考えれなくはないだろうか。。
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by shinichi-log | 2011-12-07 12:23 | Lecture log | Comments(0)
AHFのプロジェクト
ウルトラファクトリーCritical Design Lab.とAFH(Architecture for Humamity)が宮城県南三陸町志津川地区に番屋(漁師小屋)を建設する恊働プロジェクトをおこなっており、RADも参加している。今日、そのリサーチ結果の発表が参加している学生から行なわれた。その模様はここhttp://togetter.com/li/221599にまとまっているので、思った事を少し。。。

震災によってそれまで家族経営で別個に漁を行なっていた漁師さん達が今協業での漁を行なっている。実際行ってみて驚いた事に、それまで漁師さん同士の交流はあまりなく、お互いの漁の方法や加工する機械すらよく知らないという状況だったらしい。いわば商売敵同士であり、また穫るものが違えば漁の時間も違ってくるというのが主な理由だろう。なので、震災を機に(実際実に多くのものを漁師さんは失っており、簡単に言う事はできないのだが。協業化の一番の原因は設備のシェアでもある)これまで分断されていた漁のノウハウが共有されたり、うまくタイムシェアリングが起る事で、震災前よりも効率的で計画的な漁業の姿を描く事ができるのではないだろうか。

今回建設される番屋もここ最近は利用されておらず、ヒアリングの際もその使い方のイメージは漁師さん毎にことなり曖昧なものだった。おそらく漁が個人単位になったこともあって、あまり協業の場としての番屋が使われなくなっていったのだろうと推測される。なので、今回番屋を建設する事は同時に、新しいこの協業化という動きと連動するものでなければならないのではないか。新しい働き方によって番屋の使われ方がみいだされ、また番屋によって協業化の流れが確かなものになり、これまでにない働き方が生まれてくる。そのように建築がこの土地の漁師さんたちと復興という道のりを歩んでいく事を願っている。

プロジェクトは、来年の春頃まで続く予定。
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by shinichi-log | 2011-12-02 01:56 | Comments(0)



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by shinichi-log
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