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エンドレス週末
どうもこの暑さと、アレやこれやに追われている感じによって
いくぶんメンタル的に弱っていた週末。

金曜日はジュンク堂で書籍をがばがば購入してしまい
その後メディアの後藤さんの送別会にお邪魔。

土曜日は榊くんとRADの打ち合せ後READTANK。
大衆とジャーナリズムの関係についての考察。
夕方アーキフォーラムに参加。昨年に引き続き吉村さんがゲストではあったが
お施主さんとセットということで新たな切り口も。
この日は終了後そそくさと退散し、
AD&Aのオールナイト解体へ。
30分おきにくりだされるジャンルレスなパフォーマンス。
大阪のこくてソウルフルな面を体感。
みんなで床に床に座ってお弁当食べたりと深夜ピクニックのような友達のうちのような
不思議な空間が生まれていた。
なにが起こっても許容されるおおらかさがあった。
さすがに翌日の12時までの参加はあきらめ途中退散。
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今日日曜日は京都芸術シンポジウムへ途中参加。
京都でアートするってどういうこと?みたいなテーマでした。
原さんも京都市の文化担当者として参加されてました。
やはり行政に期待されてる事や不満が多いのか
かなり原さんが矢面に立たされる格好になっていたが
役所としても市民の理解を得られる土壌が無ければ支援しにくい、という原さんの意見はもっともで
とはいえ土壌を、1ギャラリーやアーティストが自力でつくれるのかと言えば難しい。
土壌づくりが制作の動機になるのももっと変であるだろうし。

地域社会圏を読み、反哲学を読み出した。

明日からは仕事モードに復帰。
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by shinichi-log | 2010-08-30 00:44 | daily | Comments(1)
平日的な
平日。

お昼に野菜市で赤い色のおくらとゼブラ茄子を購入。
酷暑の中カレーを食べて事務所に向かう。

図面をちょこちょこなおしつつ
事務所と松本のプロジェクトのカーテンについての打ち合せ。
安易にカーテンに頼るのはよくないけれど
話をしてるといろいろ面白い可能性が見えてくる。
カーテンレール問題など。

その後もちょこちょこ図面をなおしてこんな時間になってしまった。
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by shinichi-log | 2010-08-24 02:40 | daily | Comments(0)
socialkitchenオープン
hanareのニュースペース、その名もSocialKitchenが本日オープニングを向かえた。
長年、高野の民家スペースを拠点として様々な人を巻き込みつつ、結びつけてきたhanareだったが4年目を向かえ、鞍馬口近くのビルにはれてスペースを展開。
1階はカフェとショップ、2階はイベント用のスペース、3階はシェアオフィス。
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昨日のopenlab.でも議論になっていたが、今後は周辺の住民との関係が非常に重要になってくることは、その立地からして間違いない。し、hanareがめざす公民館なるものを実現していくうえでどれだけ近所のおじちゃんおばちゃんを含めていきつつ、閉じたコミューンを化さないかが問われている。
2階のスペースはいろんな人々に開かれているらしいので、何か企画があれば持ち込んでみてもいいのではないか。

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また、今日のオープニングにはGonzoのパフォーマンスが行なわれ、非常に盛り上がりを見せた。前回のメトロのときと同様に客とパフォーマーの距離が近く、境界も無いので、いつつっこまれるかも分からないし、その瞬間のコンタクトにどう反応するのかという意識が、よりっそうパフォーマンスとの一体感を生み出しているようだった。今後も京都、東京で個展が控えて大活躍のGonzo。観た事無い人は一度は観てみる事を強くお進めする。
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by shinichi-log | 2010-08-23 00:02 | daily | Comments(0)
創造的な場についてのメモ。openlab.12
昨晩はopenlab.12を開催。
同時間に複数のイベントが行われていたので、客の出足はよくなかったがテーマの「OKUPA」についていろいろ考える数時間となった。メモ的に昨晩の内容をまとめておく。

まず順番は前後するが、ガウディ(坂田さん)のクリエイティブシティ論にからめた「創造的な場」についての考察は、昨今の京都の状況を考えてみても興味深い。クリエイティブシティというのが、行政が経済的な発展、地域の街おこしなどを露骨に目標とし、政策として実施されるのに対し、むしろ文化的プレイヤーの側から自主的に発生し、人と人を繋げていく「場」。スクワットの事例報告は、都市が創造的に盛りあげるのに必要な、人と人を繋げムーブメントを生み出す「場」の可能性を提示していた。ヨーロッパではスクワットによって開放された施設などがそのような創造的な場としてその都市のムーブメントを生み出してきた。とはいえ後述するように日本でスクワットによって場をつくる事が実質不可能なので、日本においてどのような仕組みを作ることが重要なのかがキーになって来る。このLABORATORYというスペースがそのような役割を担える場となればよいのだが。

続く久保田さんのアムステルダムを中心としたスクワットの事例報告。実際どのようにスクワットが実行され、運営されていくのか。日本の状況と比較してみると、例えば日本では他人の敷地に入るだけで違法(刑事罰を伴う)であるが、ヨーロッパではそれだけでは違法にはならず、不法(民事上の問題)として扱われる。そのような制度上の違いが日本で(狭義の意味で)スクワットが展開されない大きな理由になっているだろう。そのことは所有権よりも使用権が重視される。そもそも都市は住み集うもの達が作り上げて来た共有物と考えると、特定の個人が占有してしる事こそが占拠であると言えるのではないかという指摘は、まさに今回の占拠について考える上で、公共性や景観の問題などともからめて考えたいと思っていた事でもあった。
また久保田氏の指摘で、スクワットなどの活動は地域レベルでの理解を得られるかどうかであるということで、そのために様々な住民サービスを提供していくのだと言う。しかしながら実情は幅広い支持を受けているという訳でもなく、もっぱらインテリとアーティストが集まっているということであった。そのようなほんの一握りの人々のためではなく、幅広いプレーヤーを獲得するにはどのような戦略が必要になってくるのかが問われている。

ここで前半のプレゼンで武田さんがあげられた「特殊物件」というキーワードが興味深い。特殊物件とは倉庫や工場や、もと何だったか分からないような物件をさす。多くの場合そのような物件は、使い道が無いものとしてほったらかしにされていたり、取り壊されたりする。しかしながらそのような特殊物件をうまく使っていく想像力を建築家が提示していくことで、特殊物件の利用を促していく事が、前述の「創造的な場」の創出の発生を促していくようにも思われる。一般レベルで純粋な消費者であることから抜け出すためのきっかけを作り出していく事が重要になってくるように感じた。また中西さんが提示してくれたコモンという空間も創造的な場を生み出すために重要な要素になってくるように思われる。機能にみたされた場所ではなくどこか余白のような場を積極的に作り出していく事で建築家がある種の状況を作り出していくのかもしれない。
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by shinichi-log | 2010-08-22 13:41 | daily | Comments(0)
オクパについて考えたいこと
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明日(といっても今日になってしまったが)行なう予定にしているopenlab.12のテーマは「オクパ」という事になっている。この聞き慣れない言葉は、スペインかポルトガルで若者たちが建物の占拠を行なう際に掲げられる事罵で、「占拠」を意味するオキュペーションを意味している。
そもそもなぜオクパというのがテーマになったかというと、8月の初旬にLABORATORYにて開催されたSTORELAB.(若手のデザイナーに期間限定で実験的な‘お店’を運営してもらうプロジェクト)という試みでのタイトルがOKUPAだったという経緯があり、そのテーマをまさしくOKUPAしてしまえば面白いのではないかという所から始まっている。そもそもLABORATORYという試み自体がある種のOKUPA的なるものに仮託されていると言えなくも無いのだが。

ここで「占拠」と言っても単純にスクウォッティングのような反社会的な行為をある種「かっこいい」ものとして取り上げたいとかいうのではない(ともすると日本での紹介のされ方は非常にファッショナブルなものとして、その社会的なメッセージや批評性もろともパッケージされてしまう事が多い)。もちろん後半のプレゼンテーションの中にはスクォッティングについての報告もあるが、そこでも単なる事例報告や魅力の共有ではなく、スクォッティングから見えてくる住まい方の問題や都市の作り方、開発のオルタナティブとして考えていくこともできるだろうし、もっと僕らの日常の中へと落とし込んでいく可能性を探りたいと思っている。そして「オクパ」なるものをもう少し広い意味で考えてみる事で、都市の中で場所を生み出すことについての新しい切り口を与えることになるのではないかと期待している。

拡張された「OKUPA」という概念は、ある場所を一時的に変化させ自分のものにしてしまうという行為を包摂するようになる。それはイベントのような短期間のものからリノベーションというような長期間に及ぶものまで。
そのような「占拠」のありようの魅力は、行為主体の不安定な、もしくは客体的なあり方にあるように思われる。現代のように商品化された住宅や、工学的に人間を扱うSCにおける建物(空間)と人の関係性とはことなり、まず建物はそれ自体として存在しており人はその存在に対して従属的に居場所を見つけ出すしかないという建物と人の関係。「占拠」という行為は、この関係を最もラディカルな形で体現していると言える。この従属的な人間の位置づけは、おそらく何世代も引き継がれて来た農家(家は人の存在を越えた存在としてひとびとの日常の中に入り込む)や、リノベーションにおいて既存の空間にどのように生活を適応させていくのかというアプローチとして現れていると思われる。ヨーロッパのように建物の寿命が長く、リノベーションが主体の地域でスクォッティングが盛んなことは関係あるのだろうか?
また、「OKUPA」を占有という風に若干柔らかく受け取ると、そもそも建築という試みが現代の都市という多層的な共同体にあっては、ある一定の個人や主体による空間的時間的占拠であると考えることもできなくはない。特に、京都のような街全体が文化遺産として考えられている(実際はどうであれ)地域においては、ある個人が特定の趣味による建物を建てることの暴力性がよく表れる。では、建築家はどのようなことを念頭にこの「占拠」を行なうことが出来るのか。このあたりは京都で活動している建築家のお二人と議論したいと思っている。

さて、openlab.12「OKUPA」は、21日17時から。
http:/radlab.info
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by shinichi-log | 2010-08-21 03:03 | Comments(0)
記憶のもうろう
徹夜明け。一日もうろうとした中を過ごす。。。
昼過ぎに北さんがradlab.訪問。
某物件の利用方法についてあれこれ。
世間にはぶっ飛んだ物件がほんとおおい。

早めに帰宅。
実は観た事無かったトータルリコールを借りて観る。
レトロな未来のディテールが笑える。
とはいえ、かつて記憶と現実というテーマはほんと怖い。
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by shinichi-log | 2010-08-20 00:05 | daily | Comments(0)
送り火、磔磔、生存のエシックス展
一昨日からhanareradにお客さんが滞在している(一人は今日出発)。
インド人のキュレーターのDIDAは、東京のレジデンスプログラムに参加中で、今回はしばしの観光に京都を訪問ということらしい。もう一人はスウェーデン留学を終えて帰国中の森山さん。大量の布とともに2階のスタジオで作業中。

そんなこと(お客さんにみてもらう)もあって、16日の送り火は友人宅にお邪魔し、左右の大文字、妙法、船形を堪能。これまであまりいいロケーションで見た事無かったせいか、いいと思った事無かった送り火だったけれど、今回はその良さを発見。灯がともっている間、普段はほとんど人がいない街中の屋上に、たくさんの人がいるのがなんだか不思議な感じだった。

昨日は知人のバンドが出るというので数年ぶりに磔磔へ。変わらない空間。
BAUの鈴木さんやバロンさんらと轟音の中演奏を聴いてきました。
その知人のバンドVELVELJINは、ニューウェーブ系のかっこいい音で完成度も高く、映画のようなストーリー性のあるパフォーマンスが印象的だった。ガケ書房、jetsetでCD置いてるらしいので気になる人は是非。http://www.myspace.com/velveljin
夜、Per fribergというランドスケープデザイナーを森山さんに教えてもらう。日本ではほとんど無名だけれど、作品集にのっている風景はほんとうに素晴らしかった。ネットや各国の雑誌が読めるようになって来たけれど、まだまだローカルな情報というものがあって、そういうところにまだまだ素晴らしいものや人がたくさんいるんだと感じた。そしてそれは非常に喜ばしい事のように思えた。

今日は国立近美に終了間近の「生存のエシックス」展を朝一で観に行く。それにしても暑い。。。展覧会は美術展と遊園地と実験室が渾然一体となったような雰囲気。如何に身体が空間的に定位し、認識していくのかということを探求している作品がいくつか見受けられた。それも宇宙空間であったり、自閉症や認知症といった症状を起点にしているもの等、外的内的条件の変化と空間の現れ方の変化が関係していたりするのがおもしろかった。展示は22日まで。
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by shinichi-log | 2010-08-19 03:02 | daily | Comments(0)
フランス事情
朝からすごい雨だったらしく浸水のニュースが流れていた。
とはいえ雨脚が弱まる頃に起き出したので実感はなかった。

大学で少々打ち合せ後、一本松近くの自転車屋に自転車のパンクをなおしにいく。
自転車屋にパンク修理だけでなくタイヤごと交換と言われてしまい、思いのほか時間が空いてしまったので、糺の森で行なわれていた古本祭りに足を向けた。
会場は屋外といえども、雨上がりの湿気と古本のかび臭さが相まって息が詰まりそうな状態とかしていた。そのせいか、あまり本棚を目で追いかけるのに熱が入らず、アナウンスで聞こえてきたかき氷へと興味がさっと移ってしまっていた。そう思いながら何と気無しに見上げた本棚でソットサスのドローイング集が目に入って来たのでこれは出会いだとばかりに即購入。1000円也。
その後黒蜜かけのなんとも渋いかき氷を購入し、復活した自転車で事務所ヘ向かう。

その後のらりくらりと作業。

夜、三木さんらがフランス人のルノーさんたちと行なっていた勉強会に参加。目的はフランスの建築家制度について知る事。特に歴史的建造物の扱い等について、日本と比較しながら考える事だった。
知らなかったのだが、フランスには30000を越える自治体(コミューン)が存在している(日本合併を繰り返し現在1700ほど)。人口は日本の半分くらいだそうなので、極めて小規模の自治体が多いことになる。ちなみに人口25人の村も、数百万人のパリも共にコミューン。そのことがどういうメリットとデメリットを生んでいるのかまでは分からないが、そのようなシステムが実行可能であるという事を感じさせてくれる。こちら側の無知もあり、フランスではどのようにしたら建築家として活動していけるのかという基本的な話題が中心を占めてしまったが、歴史的建造物、伝統的地区などがどのような法律で保護され、保存活動が行われているかなど、非常になまの情報が聞くことができたので非常に面白かった。
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by shinichi-log | 2010-08-13 04:51 | Comments(0)
問題解決/問題発見
さて、滋賀県立大の学生が自主企画で行なっていた課題作品展「めがね」の座談会に参加した。
準備段階から相談を持ちかけられていた事もあり、あまり力にはなれなかったのだが、少々気に揉んでいたのだった。学部の3回生の段階で、自主企画による課題作品展を学外でおこない、少しでも世間の批評にさらしてみたいという姿勢と実行力には感心してしまう。そういえば滋賀県立大は「雑口罵乱」という講演会の記録集を学生を中心に制作し発行している(その影には布野修司という存在も大きいのだろうが)ので、自主的に行動を起こそうという雰囲気が強いのかもしれない。

今日行なわれた座談会は、参加メンバーを中心に他大学からも多くの学生が集まっていたようだった。学部の段階で他大学とのネットワークがあるというのが自分が学生の時とは大きな環境の違いだと感じる。これは建築合宿などのイベントや、ツイッターを介したコミュニケーションツールの変化によることころが大きいのだろう。ともかく今回の企画もそのような他大学との交流の中から生まれて来た自意識のようなものが出発点になっているのではないだろうか。
座談会の一つの軸は、大学で出される演習課題についてだったように思う。
コンセプトは何故必要とされるのか?
課題の中で社会性をどう見つければいいのか?
他者のいない設計=自己満足でしかないのでは?
など。
どれもとても一言では語り尽くせない問いであるが個人的に考えた事は、大学の演習課題がどれも問題解決型の練習(設計)でしかなく、問題を発見する(リサーチ)事については全く触れられていないという点に、大学でも設計演習の問題があるのではということだった。もちろん課題の毎に、学生は敷地を見に行き、周りの景色や状況を写真に取り、過去数年分の新建築から事例を抜き出し(今それをやってる学生がどれほどいるかは謎だが)という作業くらいはおこなっている。しかしながら、それらは結局設計におけるネタや言い訳つくりに利用されるのがせいぜいで、場所のコンテクストや地域の問題を見いだして行く事にまでは中々繋がらない。これは、べたな話ではあるが、日本の多くの大学が抱える問題であるようにも思える。つまり教える側にも問題発見の手法や理論にかんしてノウハウが無く、また建築学科自体が専門化していく中で、プロフェッサーアーキテクトが多くなり設計のノウハウの伝授にますます主眼がおかれる。場所やコミュニティーが抱える問題を適切にあぶり出し、分かりやすく伝え、建築的に解決していくためのリサーチについての教育が為されていく必要性を感じた。今後、建築家が社会から必要な存在として認知されるようになるには、建築家の目をもって問題を発見し、空間的に解決していく事が必要とされると思われるからだ。

最後にゲストで来られていた建築家の森田さんがおっしゃられていたコンセプトについての発言が意義深かったのでメモしておく。「コンセプトとは雑多な条件を整理し片付けるための方針のようなものである。」
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by shinichi-log | 2010-08-12 03:47 | Comments(0)
再開、OKUPA、ポーの話
ブログを再開してみる。

先週末、松本まで18切符で打ち合せに行くという馬鹿な事をした結果、週明けどうも調子が出ない。とはいえ見積もり図面も提出したので少し落ち着いたとも言える(ちなみに個人名義で年末竣工予定でプロジェクトを行なってます)。そのせいか夕方寝てしまい、身体をしゃきっとさせるべくほんと久しぶりにカナートへいき、スタバで珈琲を2杯飲み、恵文社へよって、てんてんゆうでラーメンを食べる。今日は今からもう少しがんばろう。

で、週末の事。。。
LABORATORYで行なわれていたOKUPAが日曜日に終了。約一週間完全にAOの彼
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女たちに占拠され普段とは少しことなる華やいだ雰囲気の空間が生まれていた。事務室もバックヤードとして占拠されてしまったので隅の方でちょこちょこ作業を行うはめに。STORELAB.は若いデザイナーや、モノを作る人に発表の機会をつくるだけでなく、今回のように「もの」を介して起こるやりとりだったり、出来事というものに注目して続けていきたいと思っている。アート系とクラフト系のスペースばかりの京都で、建築とかデザインという事を軸に活動している人をサポートできる場所になればいいのではないだろうか。

そんなこんなの合間に「ポーの話」(いしいしんじ)を読んだ。名前は知っていたのだが彼の作品を読むのは初めてで、プロフィールを見ると松本に住みつつ京都にもゆかりのある人だった。そんな偶然。魅力的な登場人物達のそれぞれの姿と、かれらを通して描かれる「つぐない」への深い洞察が印象的だった。内容はとても物語的なのだけれども、その向こうにとても豊かな水脈がとくとくと流れている。
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by shinichi-log | 2010-08-10 23:39 | daily | Comments(0)



日々の何かについて、建築・デザインなど
by shinichi-log
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