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お知らせ:「希望ヶ丘青年の城」の見学会
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「希望ヶ丘青年の城」の見学会があるそうです。

日時:8月3日(日)14時JR琵琶湖線野洲駅集合。(野洲駅からは車で送迎して
いただけます)
参加費:無料ですが、先方へのお礼代として数百円。
連絡先:住吉山 dewy-crape-myrtle@hotmail.co.jp

急で申し訳ありませんが、ご参加の方は上記連絡先にご連絡ください。

「希望ヶ丘青年の城」について
希望ヶ丘青年の城は、6月に発売された、マガジンハウス Casa BRUTUSK『ニッポンのモダニズム建築100』150ページにも掲載された、ポストモダンの建物で、解体されてしまったのですが青年の塔は黒川紀章の中銀カプセルタワーを彷彿させるような外観、システムだったそうです。 数々の廃墟系ホームページにも見学記が記されており、おもしろい空間だそうです。
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by shinichi-log | 2008-07-28 20:48 | Comments(0)
α-Synodos
社会学者の芹沢一也さんがはじめた「α-Synodos(アルファ・シノドス)」というメールマガジン。

有料(月2回で500円)なのだけれど、サイトでも言っている通り毎回新書並みの分量があるので、それを考えると高くは無い。

ちなみに最新号の内容は。。。
【1】巻頭コラム / 芹沢一也
 「問題なのは「格差」、ではなく「分断」である」

【2】座談会 / 高原基彰・鈴木謙介・芹沢一也・荻上チキ・他
 「日本・韓国の相互理解とラディカリズム 前編」

【3】翻訳 /ナオミ・クライン(訳者:藤本拓自)
 「『ビッグ・ブラザー』デモクラシー」

【4】連載 / 山本貴光
 「思想誌空間4:諸学の交差点で」

【5】一般公募論文 / 古谷賢一
 『インディジョーンズ クリスタルスカルの王国の曖昧な相貌』にみる
 インディシリーズの曖昧な相貌

【6】編集後記&次号予告

という感じで、建築専攻の私には基本知識が少なさがあだになり難しいこともありましが、言っても私たちの住んでるこの現代社会の話なので、建築外の人が建築の話聞くよりは分かりやすいと思います。

メールマガジンってすごく可能性があると思うんだけど、なかなか魅力的なものが無いので、今後どうなっていくのか注目したいところ。
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by shinichi-log | 2008-07-28 20:34 | Comments(0)
デモ(改)
デモ。ちゃんと公安の人が付き添って、車まで出てる。厳重警戒。生真面目というか、監視が厳しいというか。


最近知った(遅ればせながら・・・)高円寺にある「素人の乱」というリサイクルショップとネットラジオを展開している集団?運動?による3人だけのデモ。

その他にも「俺の自転車を返せデモ」だとか「家賃をただにしろデモ」とか(これは3人ではなく)、デモと言いつつ確実にまじめではないパレードみたいなものもあって、ばからしすぎておもしろい。とは言ってもバカと言ってもいられなくて都市、空間の実践つまり、踊らされずに、自分でいかに踊るかということを、誰よりも実践している人たちじゃないかと思う。この辺のデモの様子とかいろいろDVDになったらしいので、しかも安いので見てみるのもいいと思います。

デモの他に、日時場所を決めて持ち寄りでの宴会を街中に展開していくという「場所っプ」。これも都市の中にアクティビティーを持ち込む事でそこに場所が生まれるというもの。単にあいてる場所を利用するというのではなくて、おそらく普段と異なった文脈に空間を落とし込み、自分たちのものにすることで普段とは異なった空間(場所)として作り出す事になるんだろう。こうした空間の実践は、都市空間→アクティビティー→場所の発生ということいなって、都市空間→建築をつくる→場所の発生ということと同じ事になるんじゃないだろうか。(駄目なのは都市空間→建築をつくる→空間の再創出)
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by shinichi-log | 2008-07-27 23:15 | Comments(0)
39度のとろけそうな日 と 二川幸夫
「39度のとろけそうな日」て歌ってる曲があるけれど、それは想像力豊かな歌詞の世界だと思ってたけど、そうでもなかったんだなと思う今日この頃。。。京都も暑い

そんな中「archiforum」に二川幸夫の講演会を聴きに大阪へ。こちらも熱かった

56まで殴り合いの喧嘩をし、いまでも12時間でもしゃべり続け、年の2/3は海外を飛び回り、120まで生きる予定の二川さん。強烈すぎでした。以外にも大阪の出身らしく、どことなく安藤忠雄に通じるものを感じる、もしくは安藤さん+竹内先生(工繊生の方なら分かると思いますが)。

講演自体は本人もおっしゃられていた通り、話題があっちに飛んだりいきなり戻ってきたりで、全体の筋はないんだけれど、強烈な言葉が次々と飛び出していました。敢てテーマがあるなら「君たちは絶対に建築家になれない」だそうです。半分説教されてる気がしました。
とはいいつつ、一生懸命言われていた事は、「どの建築が自分に取っていい建築かを発見する事」「いい建築とは何か。をはっきりさせる事」「もっと建築を見ろ。徹底的に」。自分で考える事をせずに、流行やトレンドに流されているのではなく、自分で戦って勝ち取ったものでしか駄目ということだろうか。
後は頭より体力。9回裏からすべてひっくり返せるだけの体力があるかないか。前川國男も丹下健三もコンペの前日にすべて案をひっくり返していたらしい。そのよこで二川さんは模型写真をとるためにウイスキー飲みながら待機。3日間飲み続けで撮影していた事もあるらしい。

建築家に対するほめ方も独特で、
安藤さん=勇気があるなー(住吉の長屋をみて)。
妹島さん=頭おかしいんじゃないかープランがむちゃくちゃ(再春館製薬女子寮)
だそうです。うまいかうまく無いかは問題じゃない。つまり、他人にはない「いい」の基準がはっきりしてる。

分かった事は、二川さんは、ほんとに何よりも誰よりも建築が好き。好きというかいい建築が無いと餓死すると言われてるように主食。だからないと生きてけない。それと何事も徹底的にやるということ。ラ・トゥーレットの魅力を理解するために24回訪れる人はこの人以外にいないだろう。また、若い頃に民家の写真集には12年かけているし、大学の時には、自分には知識が足りないと感じ丸一年間一日中図書館で本だけを読んでいたらしい。その徹底ぶり。後、底なしのパワー、体力。その源は常に戦っているから、そして考え続けているから。日帰りで自分で高速飛ばして関西まで建築見に来る事もあるというんだから衝撃です。

最近「建築と話ができる」と感じているらしい。。。


ちょっと口は悪いけど、すごく魅力的な建築大好き人。
GAでの辛口の批評も、建築の未来を思えばこそ。
「建築は一品製品として存在しうる唯一の存在」そんな存在に関われる事は、この時代にあってすごく幸せなことに違いないのだから。

「すべて「かも」なんだからやってみないとわからないだろう。」に勇気づけられた。
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by shinichi-log | 2008-07-27 17:47 | Lecture log | Comments(2)
攻殻機動隊2.0 と 世界の想像力
先日、大阪に行く機会があったので難波で「攻殻機動隊2.0」を見てきた。

まさか、劇場で見る事が出来るなんてと思ってたので、非常にうれしいリメイク、再上映。押井さんが全く新しいと言ってたので過度に期待してしまっていたので、少々期待はずれという気がしなくも無いが、作品自体のすばらしさは変わるはずもなく。新しくCGで作成された場面は、解像度とか色はすごくきれいなのだけれど、モコモコした姿が違和感を作り出していた。確かに都市の描写とか、電脳空間とかは数段表現力が増していてきれいなんだけど。。。また、物語に関係ない情景が非常に多いことにも改めてきづかされた。中盤の雨のチャイナタウンのシーンなどは全く登場人物がいない。この情景という「心にある感情を起こさせる光景や場面」自体も非常に興味深い対象ではあるけれど、ここから分かるのは、いかに押井作品においては物語よりも世界観や設定が重要であったかということがわかる。最新作のインタビューで今回初めてドラマを作ったと言ってるように、今までの作品(つまり攻殻機動隊もふくめ)は、物語よりもその背後の世界にこそ主眼がおかれているといえる。

もう一つ改めて見直して感じた事の一つに、非常に魅力的な世界観が、実はすごく90年代的なものだったんじゃないかということ。少なくともここ数年の想像力からは距離があるようにおもえた。やはり90年代というのは世紀末で、それに呼応して廃墟やカオス的都市の想像力がぴたっとハマってもいたし、顕著だったのではないか。それは失われていくものに対する喪の感覚であり、新しい都市への適応期間におこる代理反応なのかもしれない。実際中国のイメージもカオス的なチャイナタウンというものよりかは、非常に近代的なインスタントシティーへと移行してしまっている。

では、現在の想像力とはどのようなものなのか?一つはファンタジー的な世界観でもう一つは人工環境的な明るいユートピアというものではないだろうか?

もうすぐ公開の『スカイクロラ』では、退廃的な都市は物語の核にはなってないだろうし、幾分過去のノスタルジックな風景がみいだされる。またゴーストインザシェルの続編『イノセンス』すら享楽的でファンタジー的な要素がその世界観に見いだせる。

また、ユートピア志向としてはアキラのneotokyoとfreedomのエデン(大友さんの世界観かどうかはおいておいて)の比較や、また『アップルシード』のオリュンポスなどがこの特徴を顕著に表しているかもしれない。おそらくこのユートピア的な志向はドバイや北京のような新興国におけるもうれつな都市化を背景に形成されていると思われる。

次いであげるなら、この90年から00年代的な想像力への転換点的な作品をあげるなら宮崎駿監督の「千と千尋の神隠し」なのではないだろうか。この作品では、テーマパークの廃墟から、油屋のもつカオス的な世界をめぐる前半と、海を走りカゲが住む世界を旅する後半に分けられる。前者はまさにダーティーなカオス的な世界の魅力を抱きつつ、一方後者の世界は明らかにファンタジー的な空想の世界である。
アニメの世界観から時代の都市にたいする想像力を読み解く可能性はまだまだ開かれているように感じる。


映画に話を戻すと、もう一つのテーマである「身体」と「心」をめぐる問題は十分今でもアクチュアルなものであり、むしろ現実味が帯びてくるだけリアルに思えるかもしれない。
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by shinichi-log | 2008-07-25 14:43 | review | Comments(3)
THE NEW TATE MODERN
テートモダンの増築案が、H&deMによってリデザインされていたのの感想。

初期案も相当インパクトのある、びっくり案だったけれど、今回はなんか大味になってないか?バーゼルのシグナルボックスや、デ・ヤング美術館の塔などを連想させつつも(色味、ひねられた形態)、それが形の理論以外の何かをもち得ているのか。

今更ミニマムで美しいスキンをもつ建築を彼らの特徴だとは言わないが、絶妙に見慣れたものを異化することで、人の感受性に働きかけてきたその作用が見えてこない。

せっかく代表作になるようなすばらしいプロジェクトなのだから、今後のブラッシュアップに期待したい。
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by shinichi-log | 2008-07-20 13:28 | Comments(0)
ペーター と トニー
金曜日は、アラップジャパンの城所竜太氏の特別講義。
その後、ドイツから来ていたペーターの送別会@金ちゃん。
久しぶりの大人数飲み会で、留学の準備中の茜ちゃんや、仕事終わりのおっさんも出席。
気がつけば米研4代に渡るトークバトルみたいになってておもしろかった。
最後は知らない外国人が半分の状態で、ペーターを送り出す。

土曜日は、風邪気味だった上に昨晩の飲み会がたたってダウン。何も出来ず。。。
夜、「トニー滝谷」を観る。朗読と映画と演劇がまじったような、でもとても静かできれいな映画だった。イッセー尾形、宮沢りえがほんとに作品のピッタとはまり込んでいた。

それにしても夏だ。吸い込む空気がなま暖かい。
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by shinichi-log | 2008-07-20 13:15 | daily | Comments(0)
Review House 見開き2ページ の 冒険
気になる雑誌Review House

かなり若い世代の書き手が、ジャンルにとらわれずに自由に書いています。
見開き2ページというフォーマット上でどのように展開されるのかも興味深い。

現在vol,2の準備が着々と進んでいるようです。
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by shinichi-log | 2008-07-18 15:47 | Comments(3)
賞味期限
食糧難といわれている中、国連の食料援助の3倍の量の食料が廃棄されているらしい。
その大きな原因は、賞味期限。
賞味期限は、リスクとか安全とかによって実際の7、8割に設定されている。
さらには、私たちの手元に届くまでにも出荷、販売の時点で2度の隠れた賞味期限が存在し、手元に届く以前にも多くの食品が廃棄されている。

実際、一人の人間が残飯を残さないなどしても、スーパーでの廃棄が多くなるだけだったりするので、何が出来るという訳でもないけれど、消費者としてもっと成熟する事が出来れば、そしてもっとおおらかになっていけば、背後の大きなシステムを作りかえることに繋がるかもしれない。

世界一神経質で厳しい消費者それは、洗練された消費者という側面と同時に
わがままな消費者=大人になりきれていない
ということも考えないといけない。
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by shinichi-log | 2008-07-17 01:11 | daily | Comments(0)
空気の質 についての覚え書き1
蒸しかえる空気。
先ほどからの雨が空気にあふれんばかりに水分を与えている。
まさにこの季節独特の雰囲気をもった空気。
水分を多く含んだ空気によって、周囲のものが持つ匂いが普段より強く感じられる。
このようにして「空気の質」は湿度、温度、匂いなど
ある種計測可能な要素によって作られていくことになる。
そして空気の変化は音の伝わり方を変化させ、皮膚への質感を移ろわす。
冬の耳鳴りがするような静けさや、ささるような空気。
その空気の変化は、私たちの感情へと働きだす。
私たちは空気から逃れる事が出来ないゆえ、
またほとんどその存在を無意識に感じているがために、
空気の質、またその変化から逃れる事が出来ない。
さらにはその変化に意識が届く以前に、
すでに私という存在はその変化に侵されている。
ゆえに知覚するのではなく、知覚させられるもの。


建築空間に置いても「空気の質」は独特な仕方で存在しているようである。
それは空気の物理的な質(先ほどあげた温度、湿度など)を
操作するということだけではない。
素材と光の用い方、そして空間のスケールからにじみだす要素が空気の質となって
感じられる気がする。
ここで重要なのは要素を見いだす事ではなく、
いかにして私たちが意識する以前に私たちに働きかけ、
包み込んでいるのかというあり方だろう。
意識することはむしろ空気の質を薄めてしまう。
また関係性というものも、記憶や違和感というものと結びつく事で、
空気の質を作り出すことがある。
記憶の喚起は意識とは関係なく突然ひきおこされ、
同時に記憶に付随する感情が呼び起こされる。
違和感もその正体を認識する以前に感知されるものである。



空間が豊かになるのは、生活のなかでいつもより幸せな空気を意識の外側から作り出せるものなのかもしれない。
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by shinichi-log | 2008-07-15 19:01 | Comments(0)



日々の何かについて、建築・デザインなど
by shinichi-log