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new people
今月の「広告」はとてもおもしろい。というかいい。

いろいろな分野から幅広くとても面白い人ばかりが紹介されている。

■ 宇宙からのメッセージソング
元気ロケッツ
■ 北京のランドマークを設計する日本人
重松象平
■ 新感覚のポップ・ミュージック
口口口
■ おばあちゃんに学ぶ
鈴木登紀子
■ ヴァーチャルアイドル
初音ミク
■ 80gのしあわせ
いがらしろみ
■ 生命とは何か?
福岡伸一
■ 石川県警の「ミキティの部屋」
児島美樹
■ うつくしいものを守る人たち
後藤俊夫
■ まっすぐなおいしさと美しさ
米沢亜衣
■ 多国籍な制作現場
ネオ・ジャパニメーション
■ 九谷焼で世界を翻訳する
上出惠悟
■ 旅する人
石川直樹
■ おやじエンタテインメント
藤巻直哉
■ つづける、つよさ
石村由起子
■ 古いのに、新しい
レイ・ハリーハウゼン
■ アナザーなアートをめざして
辻 和美
■ 空間ブランディング
中村貞裕
■ 環境活動の次世代リーダー
セヴァン・スズキ
■ 武漢で生まれた中国の新しい才能
田 原
■ デザイン・エンジニア
田川欣哉
■ 東大の次は転職
三田紀房
■ 風や空気を映画にする
荻上直子
■ 新訳・カラキョウ
亀山郁夫
■ ブラジリアン・ロックスター
Lovefoxxx
■ 宇宙技術を、人のために
アニリール・セルカン
■ ブログ小説のつくり方
ママチャリ
■ 未来がわかると今が変わる
佐藤哲也
■ 10歳のチャレンジ
宮川 類

年齢性別国籍ヴァーチャルごちゃまぜ。
最後の宮川君の言葉のように「負けられねぇ。」と思えるはず。
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by shinichi-log | 2008-02-29 13:13 | Comments(0)
予定のイベント
来週末東京に行きます。

で、面白そうなイベントがいくつかありました。

1、Nature, and Beyondーアニミズムとサイエンスが出会うデザイン展ー
  2008年3月7日〜8日 17時〜22時
  田中浩也さん(環境工学とかメディアアートとか、空間と人の関係を工学的に考えてる人)の研究室主催。この前のRAJでとても熱く語っていたのが印象的で今とても気になる人。

2、東京カテドラル聖マリア大聖堂大改修記念展 + マルチメディア空間パフォーマンス「SOFT ARCHITECTURE @ St.Mary's Cathedral, Tokyo」
2008年3月5日(水)・7日(金) 17:00 〜 20:30 (最終入場 20:00)
行かなきゃもったいない。あの重厚な空間でどんな演出が行われるのか、とても楽しみ。

3、チェルフィッチュ「フリータイム」@superdelux
これは2週間ぐらいやってるみたいです。舞台をトラフがデザインしてます。
ちなみにチェルフィッチュの岡田さんはHOMEで中山英之と対談してます。

全部
telescowebにのっているんだけど。。。
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by shinichi-log | 2008-02-29 12:59 | Comments(0)
ふくださん
福田さんこと、福田首相。

いつのまにやら首相になり、

もう数ヶ月になるんだろうけど、

存在感無さ過ぎではないでしょうか。

よくも悪くも。。。

答弁もいつみても他人事のようで、

自分は関係ないと言わんばかり。

関係省庁、大臣にしっかり考えてもらわないと、、、

という前にトップのあなたはどうしたいのか。

リーダーシップなきリーダーに導かれる

日本。

それにしても、石破さんも、あと冬柴さんも

ひどすぎる

国会はまるで言い訳の専門学校のよう
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by shinichi-log | 2008-02-29 11:53 | daily | Comments(0)
話題になる
芥川賞受賞作、川上未映子「乳と卵」を読む

先日、本屋に行くも買いたい本が見つからず、それでも何も買わないのは何となく悔しかったので、レジの横に山積みにされていたものを購入。

あきらかに話題作りのための受賞な気もする、非常に華やかで話題性に富む状況である。
とはいえここまで注目されるからには何かあるのだろうと期待しつつ。

3人の女の物語。私と、姉と、その娘。そして女について書かれていた。
1ページ「。」がなく、その中に「」のない会話と、時間の進行がフラットに押し込まれていて、最初すごく取っ付きにくい。つまり従来の小説という書き物になれていると違和感を覚える。

しかし最後の方にはしっかりと話に集中できた。それなりに示唆的でもあり、劇的でもあり、興味深くもある。集中と行ったがそれは没頭というほどのことでもなく、どこか覚めたものなのだが、それは主人公の物語中での姿勢に似ているのかもしれない。私は、姉親子の問題に対して、また自分の問題に大しても、どこか距離をとりながら、私たちに語りかけている。またその態度は、今の私たちの感覚にとても自然なもので、読んでいても、頷くことはあれ、そんなことはしないとかいう突っ込みは入れる必要がない。かざらないそのままが心地よい。
そして、その虚飾のなさがある種の強さを物語に与えている気がする。。。。
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by shinichi-log | 2008-02-29 00:20 | Comments(0)
3年
卒業設計をやったのはもう3年も前のことで、最近少しまとめ直す機会があって見直してみたのだけれど、ずいぶんと”今”から遠い所にある気がしてしまう。当時でもかなりノスタルジックな表現では有ったけど、ぎりぎり賞味期限は保っていたのが、すっかり過去になってしまっている気がする。すっかり価値基準や思考が変わってしまったようだ。別に嘆いている訳ではないけれど、はいえあるトレンドのもと、表現が移ろってゆく建築という業界に少しの疑問を抱いたりする。。。

個人的な感じを言うと、ちょうど自分の世代と一つ下の世代の間に非常に大きな断絶のようなものがあるような気がする。それは、仙台の日本一決定戦がメジャーな存在になり、大西さんが現れたという所にも現れているのかもしれない。

なんていうことを、つたないがやたらと線のおおい真っ黒な図面を眺めながらぼんやり思ってみる。

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by shinichi-log | 2008-02-25 23:33 | Comments(0)
今年は本当に雪の日が多い。先週少し暖かかったと思ったら昨日からまた雪で、今朝も真っ白な世界が広がっていた。

そんな気候に影響されてか、中谷宇吉郎著の「雪」を手に取った。岩波新書の最初の20冊の一つとして1938年に出版された半古典的一冊。雪博士の異名を持つ中谷博士が雪の結晶の持つ美しさに魅せられ、どのようにしてその神秘的な世界を明らかにしていったかが語られている。それはただその時点での最新の研究成果を科学的な視点から語るというものではなく、むしろ雪に魅せられた一人の人間が、その神秘の世界の探検記を記したかのようである。

「雪」によると、一口に雪の結晶と言っても千差万別の形があり、よく知っている六角形を基本としたものだけでなく、針状のものや、柱状のものなど、その時の気候条件によって全然雪の種類が異なると言う。「雪は天から送られた手紙」という博士の言葉のように私たちの上空にある遥か何千メートルの先にある天から地上までの経過がその時その時の「雪」ノ結晶を作り出す。

雪という美しい自然現象をただ美しいとしてとらえて表現するのが芸術であるなら、その美しさの裏側に潜む摂理やメッセージに感動し、なおかつ人の役に立つという姿勢が科学というものではないか。この本でも一章でまずいままで「雪」がどれだけ雪国の人間を苦しめてきて、雪を研究することの意義が述べられている。確かに博士は人間の英知がどんどん人を幸せにしていくという強い信念をもついわゆる近代人であったかもしれない。

しかし「まず自分の周囲に起こっている自然現象に関心を持ち、そしてそこから一歩でもその真実の姿を見るために努力することは無益なことではない」と語る博士の言葉は、表面的現象と、そこから来る感傷に浸りやすい昨今の状況において、多くの示唆を与えてくれる気がする。

ちなみに石川県に磯崎新設計の「中谷宇吉郎 雪の科学館」があります。
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by shinichi-log | 2008-02-24 16:45 | Comments(0)
円通寺
朝、少し青空が見えていたので岩倉にある円通寺にゆく。
比叡山を借景とした庭園が有名なお寺。

途中雪が舞ってきたり、すごい風がでてきたりではあったけど、一面緑の苔の蒸した枯山水と生け垣越しに美しい比叡山を望むことが出来た。有名なだけあって、東側に面した庭へと進んでいき、比叡山がさっと目に飛び込んできた時は思わずどきっとしてしまう美しさがその山にはあった。一面に苔の蒸した枯山水の庭は杉の枝からの木漏れ日を受けて美しい光と陰の文様を作りだしており、静かな森の中、少し開けたところに日の光が差すような光景を思わせた。白砂がひかれたものに比べてとても優しい穏やかな庭である。
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実際の庭はかなり広いらしく奥行きも20m以上あるのだけれど、遠く比叡山までを射程としているからなのか、全体的に小さく感じられた。また部屋の中央に陣取って庭を眺めると、ちょうど建物の柱と生け垣沿いの杉の木が、美しい比率で左右対称に見えてくるようになっていた。そのために、いくつかの垂直線が秩序づけられ、庭と建物の関係が融合して表れてきているように感じた。

不思議だったのは、実際と見えとの差異。これは先ほどの庭の見た目以上に広いということが関係していると思うのだけど、見た目には建物の2本の柱の間に見えてくる杉の木は、実際は柱の外側にたっており、平面図的な見え方と、パース的な見え方が大きく異なっていてる。そしてここではパース的な見方が重視され、計算された上で庭の杉の木の位置やらが決められているのかもしれない。

とはいうものの眺望のつくり出す美しさとは別に、一面苔の庭事態が持つ光がつく出す静けさのようなものに強く心ひかれていた。
それは何か室のようなものが充満したはかなくも満ち足りた世界のようであった。
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by shinichi-log | 2008-02-23 23:23 | Comments(0)
急降下??なのか
この日曜日で修士設計展が終わった。

はっきり言って悔いだけしか残らなかった修士設計だった。最初は結構いいスタートだったのに、結局何がしたいのか分からないまま、忙しさにかまけていい加減なものになってしまった。この半年間落ちるところまで落ちた感が有るので、そろそろ踏み切って飛び出せたらと思うのだけれど。

自分の事は置いておいて、今年の最優秀賞は西島さんの作品。チベットのい族という少数民族の村の学校の設計というかなり社会派。デザイン自体は現地の素材と建て方をふまえたシンプルなものだったが、秀逸なプレゼンテーション(プレゼンター12人の中で唯一自然と拍手がわき起こった)と、建築に何ができるのかということに向かう真摯な姿勢が評価されたのだと思う。さまざまなオリジナリティーのあるデザイン(デザインのためのデザイン)が多い中、個人的な想いを実現しようとするものでなく、建築が社会、もしくは人々に対して何ができるのかという、つい忘れがちだが最も重要であろう事を思い出させてくれた。なおかつ彼女自身がやりたい事を信念を持ってやり通した事に心から賛辞を贈りたいし、見習わなければならないと感じた。
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修士設計展自体は、三条の文化博物館なので人も多く、天井高の有る気持ちのいい展示空間で雰囲気もよかったのだが、なによりも西島さんが最優秀に選ばれたという事が、今回の修士設計展の意義と言えるかもしれない。。。
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ジュリーのショーン・ゴッドセル

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おしまい
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by shinichi-log | 2008-02-20 02:14 | daily | Comments(2)
大きな家と大きな部屋
今月はすっかり投稿が減ってしまった。。。

突然だけど大きい家と大きい部屋について。

狭小住宅もブームはさり、建築家の仕事としてメジャーなところに落ち着いてしまった昨今であるが、大きな家というのはなかなか難しい。なかなか難しいなんていきなりだが、課題で600平米の住宅の設計をした時も、普段とは別のところに問題が生まれてきて困った事を思い出す。

大きな家の場合、狭小住宅と同じように無理やり構成の話に持っていくという事もできるかもしれないが、むしろ一つ一つの部屋が大きくなり、隣の部屋とのつながりが希薄になっていくと、もう構成とか部屋の配列とか言う問題が重要でなくなり、もっと空間にとって本質的な事が現れてくるのではないだろうか。つまり空間の質(素材とか光のあり方とか、音、熱)がいかに現れているのかということになるだろう。

また、延べ面積が小さいと必要諸室をあてはめるとそれだけできちきちになってしまい、すべてが何かのための空間であるようなものになる。のに対して大きな家だと、余裕というものが機能性や合理性では割り切れない不思議な空間(象徴性とも謎ともいえるのかもしれない)を生み出しうる事が有るのかもしれない。篠原一男が大きな家にたいして語った事でもあるかもしれないが。

ここで大きな部屋という事を考えてみる。これは決して広くない延べ面積のなかで、できるだけ空間的な広がりを作り出そうとするよく使われる手法だ。これも狭小住宅の解き方の問題系の一つではあるが、大きな家と同じような問題も含んでいる、もしくは大きな家の問題系を持ち込もうとする事なのかもしれない。つまり通常は狭い容積の中にどのようにひつような部屋を入れ込むのかという所が重要視されるのに対して、大きな部屋は、「空間の質」自体を表現しようという事につながるのかもしれない。
これは最近の流れでもあるのだろうけれど、sanaaの作り出す建築に良く現れているような気がする。彼らの建築はどこかでまだプログラム論的な諸室の構成という主題が見え隠れするが、直島のターミナル、Newmuseum、トレドのガラスセンター(実際的ワンルームでないが)、ローザンヌのラーニングセンター、自由曲線でできた最近の住宅プロジェクトなどで、この大きな部屋の考えが適用されているように感じる。そこでも、なんらかの空間構成というよりは空間としての質が重要視されている。

だんだん当たり前の話になってきたけれど、ようは大きな家における問題(空間の質)と、大きな部屋という問題がつながっているんじゃないかという事を思った次第である。
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by shinichi-log | 2008-02-19 21:34 | Comments(0)
建築の開き方ー修士設計展ー
昨日から京都工芸繊維大学大学院建築設計学専攻修了制作展なるやたらと長い展示会が京都国立博物館にて行われています。同時に修士のデザイン専攻、学部の造形工学科3コースの卒業制作展も。。。

今日の午前中が会場の担当だったので、椅子に座りながらぼんやりとまばらな客をみていました。文化博物館では他の展示も多なわれているみたいで、そちら目当ての少し年配のお客さんが結構ちら見して行かれてました。そして何となく思ったのだけれど、建築projectって一般の人が見て面白いのだろうか、という事。事実熱心に図面と模型を見比べているのは建築系の学生と思われる人と、同じく建築関係の人。さーと通り過ぎていく建築をかじってない人が、アンリアルな奇抜な建築模型達に何を感じればいいのだろうか。昨日来ていたうちの祖父母もつよく関心を示せないようでした。

非現実的なつまり実際建たないもの(かつ社会的批評性を持っていない)、1:100とか1:200という独特の表現、そしてパースや模型写真は結局二時的経験でしかないこと。結局、建築という世界にどっぷりつかって特殊な読みと、趣向と思考を持った人が、同種の人間によくよく伝わるように、共通のコードを駆使して作品をプレゼンテーションしているだけじゃないのか。。。確かにファンシーでイージーなイメージは、イメージとしては伝わるかもしれないが「建築」がつたわっているだろうかとも思う。

ますます建築を取り巻く環境は厳しくなっていると聞く。それはなにより世間の建築に対する理解と関心の低さが原因と言う気もする。建築という世界の開き方、伝わり方をもっと模索する必要があるんじゃないか。

それにくらべれば、デザイン専攻の方は1:1のモデルがある、感性的に評価できるなど、伝わりやすいように感じる。また学部の方も意匠、建築、文化の3コース合同という封になっているのでかろうじて世界が閉じずにいるきがする。こちらは17日にゲストトーク、講評会。梶本博司(プロダクトデザイナー)、中山英之(建築家)。となっています。

今回ハマッタお菓子。。
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搬入当日は大雪。ここまで積もったのは7年間で初めてかも。
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そして搬入前日の研究室。
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by shinichi-log | 2008-02-15 15:20 | Comments(0)



日々の何かについて、建築・デザインなど
by shinichi-log
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