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コンペあけー大阪
Shelterコンペ
奇跡的に余裕でフィニッシュ。

プレゼン能力に難ありを改めて実感。
次はJIA.

今から郵便局に行って、久々のアーキフォーラムに行く。
今週の水曜日に初めて柳々堂に行き、街の本屋の異様な建築熱にやられた。
ちょいワルばあちゃんあつい。

夜は大阪でひさしぶりの飲み会です。TくんとYちゃんの歓送迎会。
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by shinichi-log | 2007-09-29 15:24 | daily | Comments(0)
お月見
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「季節には敏感でいたい」というような歌を京都出身のバンドが歌ってたけれど、今日は中秋の名月でした。お月見です。京都に住んで7年目にして初めて下鴨神社の管弦名月祭に、彼女に誘われていってきました。夕方まで曇っていたのだけど日が暮れてくるのと同時にいい具合に晴れ、きれいにお月様が見えていました。


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昨日も報告したけど研究会のイベント・・・なかなかメンバーの意識がたかまらず不安な感じです・・・。難しい・・・

ELLEDECOの最新号に、隈さんの住宅と、中村拓志の新しい集住、妹島さんのガーデンコートの情報が建築雑誌に先駆け載っていました。少しだけど。。。
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by shinichi-log | 2007-09-26 00:39 | daily | Comments(0)
改めて・・・HARVESTER告知
フライヤーが完成しました。href="http://gk-kit.com" target="_blank">参照
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よろしくお願いします。
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by shinichi-log | 2007-09-25 00:18 | daily | Comments(0)
青ノ鳥はいずこ
先週末は東京で・・・
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伊東豊雄の図書館を見る。
代官山で「SD reviw展」。
2121サイトで「THIS PLAY」展。
初めての浅草。
西荻サブカルゆるゆる探索。
吉祥寺シアターでミクニヤナイハラプロジェクト「青ノ鳥」公演。

な感じでした。新宿のコクーンタワーがすごく大きくなっていたのにびっくりしてしまった。

建築関係の感想は後々する事にして「青ノ鳥」について。
これはnibrollの中心メンバーでもある振付家の矢内原美邦による演劇プロジェクト。
はっきりいってnibrollの作品も詳しく知っている訳ではないので今までの作品とくらべてどうというわけにはいかないが、予想していたものよりはるかにダンス的な要素が強い演劇だった。(むしろミュージカル。ただしストーリーの中に挿入されるダンスは完全にストーリー自体とは関係なく、心情表現とかそういうレベルの別次元の出来事。)nibrollのように映像やアニメーションなども取り込み全体的にパフォーマンスといってもいいのではないか。
森の中で、数人の専門分野を異にする生物学者の物語。全員が生物学者ではあるが、それぞれの専門分野(例えばほ乳類とか、昆虫、植物とか)にしか興味や価値基準を持てず、自分の世界に閉じこもっているおたく。それは非常に狭い自分だけの価値観や幸せに閉じこもって他者と決してわかり合う事ができない世界に感じた。植物に取っては生きるのに必要な殺虫剤が昆虫学者にとって悪そのものだったり・・・。青ノ鳥は誰かに取っては青くないのが今の世界。チルチルとミチルの青い鳥が外の世界にではなくて、二人の家の中にいた事も同じなのかもしれないけれど。
とはいえ他人とわかり合えないって事実と、わかり合う必要があるか無いかは別のことだろう。舞台の上でもそうだったがエゴのぶつかり合いはやはり美しくないし、理解し合えない事はつらい。というかわかり合いたいと思う。わかり合えた方がうれしいし楽しいだろうから。

だから僕としては少しでも世界を広げようと思う。狭い世界に閉じこもり、頑固に自分の価値観にしがみつくのはよそうと思う。必要なのは確固たる信念より(問いにそれはかたくなさに繋がる)謙虚さと素直さなのかもしれない。そこから思わぬ世界が開けていく可能性は多々あるのだから。バリアをはって狭い世界で生きていくことはない。

矢内原さんがダンサーだからなのだろう、そんなディスコミュニケーションの世界にあって、ダンスのシーンだけは舞台の役者全員が一つの事にむかってわかり合えているように感じた。あたかも身体の喜びを通じてのみ人は少しの間理解し合えるというように。
建築は時間と空間をある意味固定してしまうものかもしれに明けれど、舞台の上ではそんな時間と空間が想像力と演技によって自由に変化してしまう軽やかさに何とも言えない魅力を感じてしまう。

nibrollの新作講演は2001年1月世田谷パブリックシアター
最近建築系の某雑誌にも登場していた岡田利規のチェルフィッチュの大阪公演が12月に国立国際美術館で、新作が3月に六本木の「superdelux」であるそうです。
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by shinichi-log | 2007-09-25 00:09 | Comments(0)
告知がのった!
先日お知らせした研究会のイベント「HARVESTER」

telescowebtelescoweb

metroのホームページ

でアップされてます。

なんかうれしい。
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by shinichi-log | 2007-09-14 11:55 | daily | Comments(87)
一足早くプレ・告知、など
現代建築研究会主催で10月13日にイベントを行うことになりました。まだいくつか懸案ありますがなんとかなりそうです。
場所は丸太町のMETROです。東京から建築家呼びます。お祭りです。
近々本告知するので待っていて下さい。

んで、今週はこのことにかかり切り状態・・・。今日は青春切符旅行中のNARIと三ノ宮でフライヤーのデザインについて打ち合わせ。急なお願いによく答えていただき感謝です。
あらためて建築系のビジュアル表現というのが、ある傾向を持って2,3年で推移しているんじゃないかと感じました。グラフィックデザイナーの彼女からすると面白いらしい。建築家にとってヴィジュアル表現てのはオリジナリティーの場でなく、はずさないとか空気を読む能力みたいなものなんでしょうか。一応新しいとこ押さえてるよ、みたいな感じで。

明後日金曜日は東京です。ゲストの建築家さんにあいさつにいく予定。が台風直撃らしいのでどうなることやらです。もし無事にたどり着けたら誰かかまって下さい。

そういえば、スイスに留学していたKねせくんが昨日帰京しました。今日のお昼にばったりボンボンカフェで出くわして日本のビールで乾杯!スイスは楽しかったらしいです。おかえり!!
なぜか、帰国してやる気満々の彼から少し気力をいただきました。
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by shinichi-log | 2007-09-06 01:49 | daily | Comments(0)
うわごと1
1、ノマディックライフ(非定住生活の中で)

一昨年の夏の終わり、僕はヨーロッパに向かう飛行機の中にいた。そして昨年は東京の真ん中で働いていた。今年はまた京都で暑い夏を迎えている。ドイツへ行くまで飛行機に乗ったのは一回だけ、パスポートすらなく海外旅行にももちろん行ったことなどない状態であったが、松ヶ崎での大学生活も5年目に入りあまり代わり映えのしない日常に少々退屈していた僕は、勢い留学のプログラムに応募してしまったのだった。その勢い余った感じの決断によってノマディックな世界に踏み込んでしまったようだ。ノマドは遊牧民という意味合いの言葉である。一定の土地に定住せず、牛や羊などの家畜とともに水や草を求めて移動し、家畜を飼養する牧畜形態で生活する人たちのことをさす。がしかし近年の僕の状況はむしろアーバンノマド、さらに言えばトランスアーバンノマディズムとでもいうべきモノかもしれない。一定の都市に定住せず、複数の都市にまたがって短期間の移動を繰り返しながら生活していく。けして、ある場所に根を下ろしきってしまうのではなく、つねによそ者(部外者)的な立場の中に留まる。その中から見えてくるのは都市の間にある差異であったり、時間と距離の概念の曖昧さだったり、複数の都市が並列化してくる有り様であったかもしれない。

一昨年のドイツ留学の際は、留学先のシュトゥットガルトを拠点に周辺の非常に美しい南ドイツの小都市や、後で詳しく述べるように欧州のへそとも言える位置にある立地を生かして、周辺国の都市を旅してまわった。その中で同じ欧州といえどもアルプス以南と以北での気候的、文化的な違いが非常に大きく、その多様性のある文化に触れて、懐の深さに改めて驚いた。たとえば同じ真冬の2月でもスペインでは半袖シャツで過ごせるのに、ベルリンでは零下5°とかそれ以下で、しかも航空路線の発達した欧州では、その間がたったの2、3時間(さらに30ユーロほど)という状況には異様な感じさえ感じた。近代交通は、実際の距離というものを相対化してしまい、世界は位相的な様相へと変化した。しかし最近までは実際のところ遠方に行けば行くほど交通費、時間が増大するということで、実際の距離の感覚は残されていたと思われるが、このように遠くに行く方が安くて早いという(航空券代は、離発着空港の税金などの複数要因で決まってくる)
状況に至っては、徒歩や鉄道や自動車の場合、都市(中心)から出発して、郊外を通り、田舎をへてまた郊外、都市部というふうに、世界は都市を中心にしたグラデーションのあるフィールドとして考えられるが、航空機の移動に置いては都市(中心)から都市(中心)という風に、中間を持たずダイレクトに中心が繋がっていく。

〈ユビキタスホーム〉
少し話がそれてしまったが、世界のグローバル化や、ますます強くなる資本主義や、スピード重視の傾向によって、このように都市間の移動がダイレクトになり、様々な都市を移動しながらという生き方が強まっていくことは、必然的なことだろう。その時に、都市は非定住者(ノマド)にとっての(ユビキタスホーム)としてのポテンシャルを備えることが必要になってくるのではないだろうか。つまり、一つの都市に留まって、家を持ち家族と幸せなマイホームを築くというのでなく、仮にどこかに家があるとしても、常に移動し続ける現代的身体にとっては、初めて訪れる、もしくはちょくちょく訪れる都市がどのように受け止めてくれるのかが重要になってくるということだ。定住者にとっては自分の住んでいる都市を〈ホーム〉とすると、その他の都市は外部であり、出かけていきお邪魔する対象ということになる。がノマド的身体にとってそのような絶対的な内部しての〈ホーム〉は存在せず、並列的に散らばっている諸都市の中に〈ホーム〉は偏在していくのだろう。さきほど〈ユビキタスホーム〉というのはこのように諸都市の中に偏在していくノマド的な内部(心理的に)空間のことをさしていると思われる。それが何であるかを意識させず(見えない)、しかも「いつでも、どこでも、だれでも」が恩恵を受けることができるインタフェース、環境としての空間。
具体的にはどのような状況を〈ユビキタスホーム〉ということができるのだろうか。ただ単に心地よいホテルの設備が整っているとか、交通システムがすすんでいるとかいうことではないと思う。少々当たり前で、何を今更と言われるかもしれないが、やはり公共空間(資本的公共空間というのも考える必要がある。この名前自体がおかしいかもしれないが、資本経済かつ共産主義が成り立っていることを考えると不思議ではない)のあり方が問われてくるのだと思う。そこには既存の公共空間に対する議論や、住民のためだけの議論でなく、都市を訪れる様々な人に対する公共性というものを考える必要があるのではないか。
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by shinichi-log | 2007-09-04 11:27 | Comments(4)



日々の何かについて、建築・デザインなど
by shinichi-log
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