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プロジェクト大見新村について
京都市左京区、三千院で有名な大原のさらに北西の山の中に「大見」というほぼ廃村がある。今この村を、「新村」として一から考え直し、10年後に10世帯程の村として成立させるための仕組みつくりのプロジェクトに参加している。これは、昨年私が所属していた財団法人の同僚で、その村にたった1人で住む藤井さんから、村にお客さんが来た時に使えるトイレを作ってくれという話しをもらったのがきっかけで始まった。藤井さんの思いは再び大見という村が再び集落としてよみがえるという事であったので、トイレだけでなく、これは新村計画として、村つくりとして考えてみようというのが趣旨である。
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廃村といえど、北山の我が家からくるまで60分の位置にある大見の可能性について考える事は、同じような都市近郊の集落の今後のあり方を探る事にもなりそうだ。そもそも人口減少、高齢化といった問題を抱える集落に関わる時の大きな障壁は、地元のしがらみ。よそ者として微妙なハンドリングが求められる。その点、大見はすでに定住世帯がおらず、とはいえ全く放棄されているわけではないので、一般的な問題を引き継ぎつつも、ある程度ゆるやかな条件のもと取り組みが進められる。

とはいえ、正直これまで農村に興味があったわけではない。場所によっては、限界集落を段階的に廃村させていくべきだとも思っている。ただ長い時間をかけて作られてきた風景や集落が全てなくなるというのはもったいないし、治水、獣害などの面で問題も多いだろうから、適切に管理しつつ、残せるところは残していく方法をちゃんと考えることは大事だなと思う訳だ。車で60分で市街地にいけるのであれば、山間の集落で自然のサイクルのなかで生活していきたいと思う人は少なくないはず。

個人的に、高度の集積した都市部とは違い農村のように分散して存在する集落は、インフラという側面においてある程度自立的な仕組みをもっていた方が、全体として効率がよいのではないかと思うところがある。例えば、比較的導入が簡単とされている小水力発電や、循環型のコンポストトイレ、薪をつかった暖房システムなどをうまく組み合わせつつ、最小限必要な道路や通信などは公共インフラにたよる。いわゆるパーマカルチャーに近い考え方ではあるが、理念的な部分ではなく、実利的にうまくいきそうな部分を上手く利用するというふうに考えていきたい。

その他、農業再生を目的としていないので、都市近郊におけるあたらしい働き方、産業について考えることになると思う。昔、大見は炭つくりを生業としていたらしいが、現在では炭は昔のようにモノを燃やすため以外にも、ろ過や脱臭材として利用されるようになっているので、新しい文脈の製品として考えれるかもしれないし、大きな音を出す事も可能なので、木工などの作業場を併設した住居などをつくるというのも考える事のできそうな選択肢だろう。もちろん藤井さんのつくるおいしい有機野菜も一つの売りになるだろうから、木工の直売所、有機野菜のレストラン、循環型の生活が学べる仕組みなどが組み合わせ、街から人を呼ぶ仕組みもつくれないだろうか。

現実には、多くの空家が存在しているが、年に一度だけ持ち主が戻ってくるだとか、人に貸す事への抵抗があるということで、住む場所を提供する方法を考えないといけない。例えば、市が管理している空き地に村の暮らしに特化した共同住宅のようなものを建設など。

以上、あくまで、プロジェクトに参加している私の個人的なコメントではありますがプロジェクトの紹介。

で、現在この「大見新村」プロジェクトメンバー募集中。
これまでハードル高そうだなと思って農村とか関わってないけど、農業や狩猟に興味ある、田舎暮らしについて考えたい、循環型エネルギーとか考えたい、古民家の修復したい、とか思っている人はぜひ。
http://www.oomi-shinson.net
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by shinichi-log | 2012-07-01 12:08 | daily | Comments(0)
QC3のナデガタインスタントパーティへのインタビューにあたって
QC3では9回目としてアートユニットであるNadegata Instant Partyへインタビューを行なっている。Nadegata Instant Partyとは2年前偶然メンバーの山城君に京都で出会った事に単を発する。同世代の彼とはなんだか初対面じゃないような親しみを感じていた(彼のコミュニケーション能力がそもそも高いだけかもしれない)が、それ以降ナデガタの名前は時々耳にすることはあれど、絶妙にすれ違いを重ねていた(共通の知り合いは多いらしい)。昨年QC3をタウンとアーキテクトというテーマで行なうようなり、彼らの「ど真ん中センター」という洋裁学校を期間限定の公民館として運営するというプロジェクトを知って一度話しを聞きたいなと思っていたが、随分と会っていないし覚えてないかななどと弱気な感じでコンタクトとらずにながく放置していた。機が熟すとはよく言ったもので、意を決して山城君にメールを送ってみたが、その同じ日に全く偶然的に同じナデガタメンバーの中崎さんと電話で話すという事があっり、その絶妙のタイミングにかなり驚いた。

さて、Nadegata Instant Partyとはかなり変わった名前である。Instant Partyのほうは「即席の集まり」とうような意味で、もしくは即席のパーティーでもいいがイメージできるが、なぜNadegataか。特に深い意味は無いようで、ひょんな事からユニットを組むようになった3人に共通する人当たりのよさみたいなものを体現しているらしい。結成当時のいきさつなどはインタビュー本文を読んでもらえれば分かると思うので割愛する。

さて、今回なぜ彼らにQCとしてインタビューしたいと思ったのか。その最初のきっかけは先ほど書いた「ど真ん中センター」というプロジェクトを知ってのことだったが、その上で彼らがコミュニティ活性化や地域おこしということの成り立ちを意識的に利用しながら作品をつくっているのではと感じたからだ。近年全国で様々な主体が種々多様な地域活性化やコミュニティデザインの取り組みを行っているけれど、その成果の可否や、倫理的側面(如何によい事をしているか)、その社会的意義、取り組みの中でのエピソードが取り上げられる事はあるが、ナデガタはいうなればそれらをメタにとらえて、そこで起っている出来事の構造自体を作品化しているのではと思ったからだ。

彼らは、様々なシチュエーションでユーモアと愛にあふれる「口実」をつくりだすことで、その場の人々をある出来事に巻き込んでいく。たとえば、天井からぶら下がっているバナナを取る、そのために床をあげてしまうなど。なぜバナナを取るのかとか、他にももっといい方法があるということは問題ではない。その目的を口実に一定の期間、ある場所で、様々な人がその口実のもと恊働してしまうことが重要なわけである。でもそれがとても楽しい。関わってしまった人たちは根拠がよくわからなくともその目的に向かって突き進む。それは騙しているとかそういうことではなく、それで上手く回ってしまうという事が重要なのではないか。もしかしたら実は世の中もそのような「口実」によってつくられている事で上手く回っているのだと考える事ができるかもしれない。


個人的にナデガタの作品は、「神話」や「言い伝え」のそれに似ているのではないかと感じている。あまり信心深い方ではないのであまりそうした類いの話しを信じている訳ではないが、例えば地域のお祭りなどは「神話」や「言い伝え」を口実に実施されることで共同体の絆を強め、コミュニティを維持させる役割を担っている。もしかしたら昔はちゃんと目的や意味を担っていたかもしれないが、その多くは現代においては失効している。いうなれば、「神話」や「言い伝え」の真偽や正当性よりも、それを口実とした出来事のほうが重要なものとなっている。よく行政や修行施設が実施するお祭りやイベントは、往々にして明確な目的や目標(賑わい創出、売り上げアップなどなど)のもとに人が集められ賑やかさを作り出している。手段と目的という垂直的な関係は、時に恩着せがましさや窮屈さそれにともなう白々しい感じを生み出してしまうのではないか。だからそうしたイベントは持続性が無い。常に存在自体の根拠が問われる。それに対して、口実化された目的のもとに行われる出来事は、その根拠がとわれること無く存在している。というかその設問自体がナンセンスなのだ。そもそもコミュニティの存在の根拠を問うということ自体がナンセンスな設問なのではないだろうか。既にそこにあるものであるはずなのだから。


しかしながら現在ではその存在の根拠を必要とする場面が多く存在するようになった。地縁や血縁、言い伝えなどの伝統を共有する事の無い「郊外」や都心のタワーマンションなどでは、その内部で新たにコミュニティを生み出す事が必要になってくる。そこで求められているのは、合理的で根拠があきらかで、明白な目的をもったイベントではなく、もしかしたら根拠も目的も明確ではないが、人々を根拠無しに巻き込むだけの力を持った「口実」なのかもしれない。そうした、地域の中でのコミュニティを立ち上げようとする上でのエッセンスをナデガタの作品から見て取れるかもしれない。


もう一点、彼らの活動に注目した理由がある。それはインタビューのタイトルにもなっているように、「いかに出来事を作品化するか」という点だ。彼らはあくまでアーティストとしてプロジェクトを「作品」として残す事を考えている。けれどもこれがかなり難しい。出来事はある場所と時間をもった「ライブ」なものであるから、それをそのまま展覧会として見せることはできない。それは必然的に「アーカイブ」という形をとってしまう。QCでも何名かの建築家の方を取り上げているが、彼らの地域での活動はこれまでの建築作品のフォーマットの域を超えており、そうした出来事としてのモノをどのように作品として、社会に向けてプレゼンテーションしていくのか、という問題に直結すると思っている。いうなれば、作品という概念に時間軸が入ってきた時に、そのプロセスそのものを提示する事が可能か、不可能であればどうするのかということを考えないと行けない。さらに言えば、すでに建築というメディアが、展示という困難さを含み込んでいる。なぜなら建築の経験はあくまでもその場に身を置くというライブなものでしかありえないとされているが、展示においてそのライブ性は失われてしまい「アーカイブ」を展示するよりほかないからである。それに対してインスタレーションや1/1と言われる建築作品が試みられることがあるのだけれど。とはいえそれらも含め何を作品として展示できるのだろうか、という問いは常にある。個人的に今後建築が文化的なものとして社会的に認知されていくためには、美術という制度の積極的な利用をすべきだ思うのだ、インタビューのなかでも答えてもらっているようにランドアート以降のコンセプチャルアートからインスタレーションにいたる作品化の理論を学ぶ事はひとつ重要ではないかと感じている。という事だけでなく、もっと幅広くナデガタが出来事を作品化する上で考えている事は、建築家の活動のフィールドが広がった時に、では「なに」を「どう」作品と名付けるのか?という問いに対するよきヒントになるのではないか。


上記は個人的なナデガタの作品にたいする興味と関心のあり方で、インタビューではもっと幅広く語ってもらっている。ぜひ一読下さい。

http://qc-3.blogspot.jp/
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by shinichi-log | 2012-06-15 22:32 | daily | Comments(0)
launch new oomi
新しいプロジェクトが始動する。プロジェクト名は「New Oomi」。
京都市内にある廃村寸前の村「大見」を、単なる活性化ではなく、現代にふさわしい新しい村として再生することを目指しながら、農村の抱える問題について考え、またこれからの都市近郊農村のあり方を探っていく。目標は10年後に10世帯の村へと成長させること。昨日、区から交付金をいただける事になり最初の一歩が踏み出せそうです。

現在大見は、左京区から車で約一時間。現在はプロジェクトのリーダーである藤井さんが唯一の定住者として農業をおこなっている。(正確には日中畑仕事をしたり、週末だけ滞在する土地の人はいる。)

これといった産業も無く、知恵袋となる老人がいるわけでもないが、だからこそ0から色々な試みができるのではないかと期待している。別に農業をやらなくても工房を構えて作品制作を行なってもいいし、市内までそれほど距離も無くデザイン関係でも仕事は可能なように思われる。また、食料やエネルギーの自給についても可能性をこれからじっくり探っていきたい。

まずは、数十年前に建てられたという小屋を整備し循環型のトイレを建設することで活動の拠点を確保する。RADの処女作はトイレ建築になりそう笑

近々一緒に大見新村計画を進めてくれるチームメンバーを募集予定。
興味あるかたはぜひ。

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大見にて、藤井さん
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by shinichi-log | 2012-06-12 09:34 | daily | Comments(0)
福岡にて。
先日福岡にいってきました。
これまでなんどか長崎には行ったことがあったのですが今回は初、福岡でした。
前日の21時半のバスに乗り込み、朝8時着のその日の夜22時初のバスという弾丸出張でしたが、天気もよく、またテトラの小山さんの名ガイドにより大変充実した滞在になりました。
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今回は、つい先日福岡の平尾にできたFUCA(Fukuoka Urban Community of Art)の1階イベントスペースを会場に、約一ヶ月間福岡市のリサーチを行なおうという企画の調査、打ち合わせ。
「RESEARCH STORE」というのがプロジェクト名になっていて、このFUCAを拠点にマクロ/ミクロの様々なリサーチ(イベント含む)を期間内に実施して、その記録を貯めていく(ストア)していくというイメージです。そして、単にあるジャンルの人だけが関心のあるではなく、街全体が共有しているSocial Issueを発見することを目的にしています。
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福岡は不思議なことに、これぞという街並、都市景観が見いだしにくいというのが印象でした。とはいえ、街中に公園含むオープンスペースも多く、中心街近傍に複数のクリエイティブスペースが点在しており、そのあたりは非常にうらやましい環境でした。


そして、平尾周辺は小さないい感じのお店が増えてきている良い感じのエリアで、街の周辺部が面白い街に生まれ変わりつつある気配を感じさせてくれる場所です。

さてさて、正式リリースはもう少し先になりますが、もし4月中旬から5月中旬にかけて、一緒に福岡の都市リサーチに参加してくれる人がいましたら、学生、社会人とはず連絡お待ちしています。
また、こんな面白い日といるよ!とか友達がこんな変なことしてるとか!の情報も募集中です。
よろしくお願いします。
連絡先:info@radlab.info
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by shinichi-log | 2012-03-30 11:05 | daily | Comments(0)
京都会館、再訪
再訪といっても、もう何十と足を運んでいる建築。けれども今日は改めていっこの建築の魅力を再認識したという意味で再訪というべきものだった。それはおそらく外国人のアテンドという役目で、それゆえ他人の目を通してということも理由としてあるのだろう。
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ということで、今日気付いた事をメモしておきたい。
・まず、立て替えが問題となっている第一ホール。現在のホールの台形の屋根ボリュームは中庭から見ると三角形に見え、そこから日本的な特徴をもつ庇のデザインとあいまって、日本のお寺の大屋根のように見えてきて、印象的なエレベーションを作り出す。そうなると庇より下の柱梁の構成が木造建築のような軽やかさをどんどん際立たせていく。普段は昼間のガラスが不透明な状況でみていたのだが今日は夕景でガラスも透明性の高い状態でより強調されていたように思う。また、一般的に隣の和風のコンクリート建て美術館別館は、評価が低く、正直ないほうがいいのではないかと思わせられる事もあるが、京都会館の意匠との対比という意味では大変意味のあるモノに感じられた。よって、今回の提示されている改修案での中庭側のガラスの箱は、上述の近代建築と日本的空間構成というコンセプトからを大きく損なってしまうのではないか?それは、致命的に建築の持つ価値=その建築が実現しようとした理念(それは否定された訳でも、時代遅れになった訳でもない)を損なってしまうに違いない。
・ピロティの床のペーブメントがホール一階と同じということも知ってはいたが実感として再認識。内部的な外部として扱われている事が明確に、と同時にホール一階が外部的な内部として考えられている。これは先日のこのピロティでのピクニックの時に感じた内包される感じを作り出している考え方であるように思われる。
・ホールのエントランスが1Fにあることによって表現される平等な市民社会という理念。まさに建築に理念を感じた瞬間。人がすーと地続きにホールに吸い込まれていく。非日常へ誘う豪勢なアプローチではなくあくまで親しみさるそぶりで人を招き入れている。ここに建築家の社会に対する理念が感じられ、それが空間的に現れていることに非常な感動を覚えた。

今回、なんども見ていた京都会館に関して、非常に新鮮な経験をすることができた。誰かに一生懸命説明しようとする事で、新しい気付きや再発見もあり、また印象や感想を言葉にまとめるよい機会になったのだろう。へたくそな英語ではあったが、伝えるべき事があれば伝わるのだという誰かの言葉を思い出した。

にしても、京都市には見学申し入れたのに、結局返事がなかった。もしかりにこれをきっかけに京都会館が世界遺産への道を歩むという事になったかもしれないのに、残念なことである。京都会館を世界遺産に。それがいい事かどうか賛否あるだろうが、今起りつつある事態に向けた一つの可能態として心にとどめておきたい。
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by shinichi-log | 2012-02-20 22:08 | daily | Comments(0)
書き初め、ました
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今年もよろしくお願いします。
ともう何度書いたことか、そろそろいいだろうと思いつつ、昨日は新年会で書き初めというものをおそらく人生初で書きました。たしか「先手必勝」って書きたいと朝は思ってたtのに、忘れてしまい結局「先取先制」。まあ意味はほぼあっているのでよしとしよう。

昨年は、物事を後手後手にまわしてしまうことでいろいろ冷や汗かいたり、迷惑をおかけしてしまったりしたので、今年は少しでも先回りで物事を進めることができるようにしていきたいという思いを込めてみました。

とにかく、3月までの今年度をしっかり締めくくるというのが当面の目標。


ちなみに、10月にパリで行なった展覧会のカタログ(120分DVDつき)が販売開始になりました。以下のリンクからご購入下さい。建築系の書店にも随時置いてもらえるように動いていきます。よろしくです。http://kenchiku-architecture.com/#news/news_8
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by shinichi-log | 2012-01-08 22:51 | daily | Comments(0)
無題
べつにどうでもよい事

特に震災以後、と言われるようになって建築学生の目の向く先がずいぶんと変わってきたようにも感じる。社会に目を向ける事がトレンド化する。
それによっておそらく、昨日藤村さんが言っていたけど、建てないということが魅力的に写るという現象が起こっている。その片棒を担っていると言えなくはないが、誰かのためにやっているわけではないので別によい。

できれば学生の時はできるだけ夢を見るのがいいと思う。できるだけ大きな夢をみて、世の中がどうなろうと、好きな建築家の作品ができれば長い時間かけて見に行くし、建築雑誌を眺めるのが至福の時間であるべきだ。そうして深く根を張ってこそ振り向ける世界もあると思うから。

なんかちょっとまじめすぎない?
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by shinichi-log | 2011-08-18 01:52 | daily | Comments(0)
2011.05.11 - 05.31
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朝から激しい雨が降り続いている。
事務所で仕事をして、夕方京都会館の話し合いに参加。


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国立国際美術館に風穴展をMと見に行く。
相変わらず島袋さんの作品はすてきだった。
亀の指が5本あったことに感動。つまり亀と自分が同じということを実感。

夕方公共政策論でレジメを発表。


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事務所で比較的まじめに仕事。
SOTの企画書とK×Aの後援依頼について


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SO展最終日かつギャラリートーク。
前回の反省に基づき準備するも、建築の話しになかなか結びついていかなかった事が非常にもどかしい。
進行自体は前回よりもよかったと思うがまだまだ反省は多い。
打ち上げで近藤さんのバースデーを祝い、oil、みよしという流れで解散。
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事務作業およびSOの撤収。夕方松延君が手伝ってくれた。


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高橋さんの展覧会の設営を朝から伸吾さんと進める。
と同時にK×AとSOTのオファーメールを同時に送信。
返事の有無に一喜一憂して過ごす。

この頃はヘレニズム文明についての歴史書にはまっていた。
まさに歴史は教訓と人生の示唆に富んでいると同時に、そのストーリーはどんなストーリーテラーよりも巧み。
作者の矮小な思想やメッセージが存在しない、ただ、歴史が語っている。


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廣瀬さんと一緒に龍谷の食堂でランチ。
久しぶりに機構の事務所にいって休暇の届け出。
夕方、同志社で授業。


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午前中からソーキチで家具制作。
夕方、NO ARCHITECTSの事務所開設のパーティーにお邪魔する。
いわゆるクリエーター系のアパートで、いろいろと楽しそうな人が集まっていた。
運河沿いのロケーションはかなりいい。


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榊君とミーティング。
artzoneでのトークイベントに参加。吉村さんの話しがこのタイミングで聞く事ができてよかった。
建築にかかる規制力のうち、環境=敷地、身体みたいなものでなく、法規、市場のようなものから建築を考えていきたいという話しに共感。それと建築の時間のうち建設の前後をどうとらえるのか?という問題は自分にとってもアクチュアルで面白かった。テーマは制度ということだったが、制度の中にいるHさんが制度の中にいつつそれを壊していくことで新しい動きを作り出しているのにたいし、吉村さんは制度をうまく読み替えていく事で建築をドライブさせていっているのではないだろうか。
藤原さんのモデレートの上手さが身にしみて実感。
結局この日もoilにて打ち上げ。

深夜に辻君と話していて出てきたアイデア(=目次)はそのうち実行したい。


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ソーキチでほぼ一日キッチンでの仕事。
これは文句無く楽しい。
これだと完全に、仕事が趣味で、趣味が仕事になっている。
幸せの経済学と言う映画の上映会が行なわれていた。


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午前中は機構の仕事。
午後からはおもにパリ行きの準備。


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ソーキチで研修。
夜は京都会館のオペラ建設のニュースを受けてのブレスト。
民主主義のない政治と、国民の意識の低さ。


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午前中ワイガヤ
午後から授業とパリ行きの荷造り
不安な中とりあえずの準備はできた。


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関空からオランダ経由でパリへ。
昨年リサーチでパリに行ってから早いもので一年が過ぎている。
一年あってまだここという感と、やっとここまでという感が混ざり合っている。
到着後、Benの家に向かいマルトと再会し、荷物を置いて夕食に出かける。
Ben,田村さんと合流。
日本時間の朝8時頃まで起きていた事になるのでこの日はかなり疲れた。
長い一日。


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午後からl'ESAのギャラリーが見学可能という事で田村さんと現地待ち合わせ。
l'ESAのギャラリー部門のディレクターであるCedric(ベルギー人の建築家)と挨拶しギャラリーを見学。
写真でみるよりもよいスペース。オーディトリアムは空間的にはいいのだけれど少々汚い。
先週はアイゼンマンのレクチャーがあったらしい。

昨年も行ったガレット屋さんへ行く。

夕方、原口さんとポンピドゥーの前で待ち合わせ、近所のカフェで明日からのミーティングについて打ち合わせ。
その後グランパレにMONUMENTAを見に行く。今年はカプーアによるインスタレーション。
背後の思想やコンセプト云々ではなく極上のエンターテイメント。モニュメントとはそういうものかもしれない。
最後は、Olympiades近くにある中華街でCCTVをみながら中華料理を食べるパリの夜。
一日重い荷物ごと歩いてしまったのでかなり体力を消耗。
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マルトのアトリエのLunchPartyにおよばれ。
途中、駅近くの朝市でで買い出しを行ないチキンのローストやチーズやパンを購入。
市場へ行くと気候的な豊かさをまざまざと感じさせられる。果物も野菜も種類と量も豊富。
ウサギのローストがいくぶんグロテスクな様相。顔が、、、

すばらしいランチタイムを過ごす。
何か特別な料理が無くても、楽しめるのが気楽でよい。

その後、後ろ髪を引かれつつも、Cedricとミーティングのため市内へ。
途中からDjamelも加わり、トークイベントでのトピックについて議論。
最後に翌日のOdileとの打ち合わせに向けて議題を確認し解散。
この時に予備の財布をすられる。油断禁物。

気分転換に蚤の市を見て回り、ビールを飲んで帰宅。


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午前中Cedricと事務的な打ち合わせを行なう。
午後、教務課のMarieさんと共に条件をつめていく。この人で回っているんだなという感じのしっかりとした人。少し安心できる。
その後、Odile Decqを交えてランチミーティング。
Odileさんはまさにカウンターカルチャーを体現したような人で、保守的な事を非常に嫌い革新性を大事にしている。大学の運営方針もだから反アカデミズム。日本の建築家がみな有名事務所出身な事に少しばかり不満だったようで、新しい道を切り開いてる人がよいとずっと言っていた。

夕方GRAUとの顔合わせが延期になりかわりに、l'AUCでDjamelと再度打ち合わせ。
Djamelさんの位置づけとサポート態勢の確認について。
原口さんも一緒にBenの家で夕食。ほんとおいしいハムとチーズがあれば夕食はそれで十分。

日中の空き時間を利用してオランジュリー美術館へ。
モネの睡蓮はこれまで何作品か観た事があったが、それとは全くとがった体験。
まさにこれはインスタレーションのよう。刻々と変化する表情。深みのある透明感。
有名だからという事を超え傑作というものはあるなという事を再確認。
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午後からお土産を買いに街を練り歩く。
街を歩いていると極力いろんなところに行こうとするのに、面白い事に結局同じ場所を何度も通過する事になる。
そういう人の意思とは関わり無く都市の結節点のような場所は確かにある。

夕方、Thomas Raynardへのヒアリング。
こころよくプロジェクトへの参加を了承してくれた。
都市というよりかは地方でのプロジェクトを好み
建築が周囲の環境から少し独立しているような印象を与える。
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by shinichi-log | 2011-06-08 08:59 | daily | Comments(0)
2011.5.01-5.10
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1
岡田利規「コンセプション」を読む。
我々が問題とし課題としなければならない先行世代が行なっている事は何か?
その先にある壁をやぶらないといけない。それは、いわゆる脱構築的な方法が必要。強度を持たせるため。基準はそのまま、仕組みを利用して、そうじゃないものに向かっていく。

具象と具体について
ダンスは具象を消して具体(身体)のみでいく。
具体芸術もそう?素材のみ。具象=表象がない?→アングラ的なつまり意味を消していく行為=ダダ??具象と具体が併置されている状態の強さ。。。
ヨゼフソンの彫刻=具体であると同時に具象であるといえるか?

東京と京都とイベント続きの週末最終日
とはいえGWど真ん中の日曜日。
なりがradlab.に遊びにきてくれたので、夜会田君となりと飲みにでる。

2
快快「はつしば」を観劇。そもそもこの体験を観劇と言ってよいのか。
インタラクティブというような双方向というのでも違い、演出家も舞台の端から見守るのではなく、その場の中にいて調整していくような感じ。はつしばという話のプロットがただあるだけで、それを演じるのではなく、今ここで生み出していく=パフォーマンスの連続。役者も演じるというよりパフォーマー?気がつくと観ている側も積極的に舞台に関わる事で、どんどん状況が面白くなっていく。話がではなく状況が。それが底抜けに自由で楽しい。

昨日の具象/具体でいえば、物語のプロットにそう事でかろうじて具象である事にとどまりながら、そこで行なわれるパフォーマンスはまさに具体として現れている。

新しくなった大阪駅、その背後で進む北ヤードの建設を目撃


大山崎山荘美術館へ。
その後ギャラリーで当番
黄砂がひどく、なおったはずの花粉症症状が再発。


午前中socialkitchenでの研修。
午後からギャラリー当番。後再びソーキチへ。会議。






kitsouneで髪を切り、
榊君と打ち合わせをすませ
夕方野村君の結婚式2次会へ。
oilにてふとしさん杏ちゃんと飲む。


SPACEOURSELVESのギャラリートーク。
準備不足からくる進行のまとまりの無さ。散逸でまとまりに欠ける話題。
せっかくの同世代トークもうまく盛り上げる事ができず。
反省多し。打ち上げ後はhanareradで朝方まで。


午前中は天気もよく、元木さん天下一品の本店へ向かうも臨時休業。
銀閣寺店まで300メートルというのにだまされ、結局百万遍まで向かう。
午後からsocialkitchenで研修。

10
久しぶりに事務所に出社。事務作業をこなす。
夕方同志社の授業。
図書館でフランソワシャムー「ヘレニズム文明」とパウロ・コエーリョ 「巡礼者の告白」を借りる。
いつ読むのだか。。。
ちなみにhellenistique=ヘブライ語法まじりのギリシア語のという意味らしい。

夕方から激しい雨。
今日明日は國時さんが行商のためhanareradに宿泊中。
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by shinichi-log | 2011-05-11 14:32 | daily | Comments(0)
2011.4.21-4.30
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21
機構、公共政策論授業。権利の獲得のための法律。
帰宅後、田所さんと松本の教会の原稿打ち合わせ+伸吾さんとLABORATORYで6月のイベントの打ち合わせ。

22
布野さんインタビューのため滋賀県立大学へ。タウンとアーキテクトの取材。
その後、原口さんの壮行会。鈴木さん、松延くんらと。朝までみっちりアート談義。最後はみよしで締め。

23
ボヤーっとした体を引きずって起床。
事務所でDMおうけとり、夕方アーキフォーラム。もと新建築編集長、GA創刊編集長の石堂さんのお話。新建築という雑誌が今や一種のアーカイブ化しており、インフラ化しているのではないかとふと思う。


24
午後からコーナンへ模型台の買い出し。
DM送付作業、ラベル張りなど。

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午前中、機構。
午後から模型台をY君Sさんらと作成。夕方までにほぼ模型台が完成。
レイアウトも特に問題はなさそう。帰宅すると、高校時代の親友のYから結婚式の招待状がとどく。

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午前中、微妙に足りていない模型台の材を買いにコーナン。角材を抱えて地下鉄にのり事務所へ。昼から学生が手伝いに来てくれるのに合わせて台の作成。とりあえずペンキ塗りまで完成。
同志社へ授業。今日はサッチャー政権からブレア政権への変化についてなど。
都市政策論は都市系の話でそれなりにおもしろかった。建築協定、地区計画の違いなど。
事務所に戻って手伝いにきてくれた一回生に部屋のペンキ塗りを手伝ってもらう。
楽しんで手伝ってくれるからこちらも気が楽。予定通り設営は進んでいる。

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午前中からプレマッチング交流会。その後模型設営。

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午前中設営の残りを行ない、2時頃に新幹線にとびのる。
富士山がとてもきれいにみえた。ほんとひさしぶり。

夜、とびらプロジェクト報告会&乾中山対談。スライドがぬけぬけだった件。反省。やはり僕はどこか抜けてしまっている。来場者多く、トークの内容も非常に興味深いものだった。
ただ、この会の成功はあくめでもイベントの成功ではなくとびらプロジェクトへのメンバーシップが集まる事。だからその事を忘れていてはいけない。メンバーシップを成功させる事が本当に大事。

打ち上げはAXIS一階で、そのごついにリアルまっちゃん、3次会は近くのバーへ。
解散するころには空が白んでいた。とてもたくさんのビールが飲み干されていたよう思う。


・乾さんと中山さんの対談について忘備録

乾さんによるプロジェクトの紹介。建築が個別解であることから一歩進んで、「普遍性の獲得」へと至る事が、世界につながる存在としてある事なんではないかと指摘。その時に建築は、タイポロジーにつながるだけの合理性が持つ強度によって建築が成り立っている。一方中山さんは、ある意味を否定するのでも乗り越えるのでもなく、立ち位置を絶えず相対化することで、両義性の巾を調整している。2人とも既存な意味をずらす事で街や世界につながっていく事を目指しつつも、一方は普遍性の獲得へ、もう一方は両義性の振幅へ向かっているのが非常に興味深い。

その後の、延岡についての乾さんのお話について。建築のシェアの仕方を明快に分類。プロセスの共有、ユーザーである事の共有、建設を共有、施主である事の共有。プロセスはアレクザンダーのように人々が設計の過程に入ってきて何かを生み出すこと、ユーザーである事の共有はうまく覚えていないが、建設の共有はまさにワークショップなどで作る事、最後施主の共有が乾さんが延岡でしようとしている建築の共有。賢い施主に一緒になるということだろうか。このことはとびらプロジェクトも同じで、たくさんの賢い施主を探しているのだと言える。ただその時のコミュニティは地域ではなく建築という趣味の領域であり、また作られるべきものはそこにあるという事かもしれない。もう一つ、spaceourselvesは、建設の共有を行なおうとしている。その条件の中で建ち上がってくる建築の姿があるはずではという事なのだけれど。そして、模型の販売=施主であることの共有が生まれる仕組みでもあるのかもしれない。

シェアのリテラシーが生まれつつあるのかどうか見極めたい。


一つ峠を越す。


29
目覚めると目の前に東京タワー。さすがに昨日は飲みすぎた。少し頭が痛い。
普段より本数の少ない地下鉄に乗り込み3331へ。
大室君のグループ展を見た後、SOの巡回展の可能性について長内さんと打ち合わせ。6月中旬の巡回がほぼ決まる。

その後新国立美術館へ、アーティストファイル展、森美術館へフレンチウインドウ展。あまりぐっとこない。フレンチウインドウは面白いのだが、非常に知的なコンテクストの操作に一抹のむなしさのようなものも感じてしまう。
建築の模型が作品として成立させるための方法をもっと見極めが必要。

夜は西田司さんと坂山さんのはからいで六本木農園でおいしいお食事。
いろいろな話題。建築の公共性、社会性の話。丸の内朝大学、六本木農園、建築家、、、


30
4月ラスト。
今月はSPACEOURSELVES、とびら報告会、松本竣工図作成、colpuの研修などであっという間にすぎていった。桜も咲いてたっけかな、という感じ。

午前中ホテルから日比谷まで歩き、都現美の田窪展とMOTannual、コヤマトミオのハンスヨゼフソン展とまわる。
田窪展の椿やリンゴのドローイングの美しさははげしい。床にしきつめらたタイルが、歩みと共にかなでる音も心地よく、非常に完成度の高い展示。途中に作られていたアルミのフレームで作られた和室は、アルミの軽さと精度が木材のそれと似ているのか、違和感のないとても清楚な空間が生まれていた。(簡素な作られ方が和の美学と調和している?)初期のパフォーマンス、その見せ方の面白さ。バーボン一本分のお話とか?パフォーマンスはそのものを見るよりもそれが行なわれた記録を事後的に痕跡として受容することがおもしろい。事後性?何?。金比羅の建築模型も展示されていた。建築の模型の経験は空間そのものではないが、建築をアートの文脈に置くのであれば、経験よりもコンセプトがどのようにあるのかを表現されている方が説得力があるのではと考える。美しさと強度、耐久性。。。

その後帰京。東京駅から新幹線は久しぶり。東京の街を眺めながら目に入ってくる人の営みを感じる。
夜は、SPACEOURSELVESのレセプション。いつになく盛況。模型が倒れないか心配した。parkcafe,oilと2、3次会、最後はNOarchitectsと403とともに王将、そのままみんなでhanareradに一泊。
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by shinichi-log | 2011-05-01 16:47 | daily | Comments(0)



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