塩田千春展/国立国際美術館
大阪の国立国際美術館ではベルリンを拠点に活躍する塩田千春の大規模な展覧会が意開かれ評判になっているよう。
2年前に新宿のちいさなギャラリーでの個展に足を運んだこともあり、空間を大胆に使ったインスタレーションに前々から興味を持っていたので、非常に楽しみに見に行った。

国立国際美術館の地下にもぐっていく独特のアプローチを進むと、突然大きな赤い糸で出来た作品に圧倒される。これは一般の人から集めた靴を用いた作品であり、その扇上にならべられた靴に結びつけられた赤い糸が上空で一点に収束していく。視覚的にも非常に美しくインパクトを持ち、同時に誰かによって履かれていた靴達が異様な迫力を生み出している。

さらに右手の空間にはいくつものベッド(今まで誰かがいたように布団は乱れている)がおかれ、ここでは黒い糸がその周囲、そして部屋の影や天井にまではり巡らされている。不在のベッドに残る痕跡とクモの巣に絡めとられてしまったような空間が、非常な迫力と不安感を投げかけてくる。

塩田の作品には、記憶や痕跡というものが絶えずテーマとして存在しているが、そこでの記憶や痕跡はけして懐かしくメランコリックなものではなく、私たちを拘束し、不気味に存在する恐ろしい存在のように感じられる。ここでの黒い糸はまさしくそのような禍々しさを作り出しているし、浸食するような糸の広がりも心の中に浸食していく恐怖や不安を表しているように感じる。
先ほどの赤い糸と靴の作品も、多くの記憶が一つに統合されると見る事も出来るのかもしれないが、扇状に外側にひろがりながら赤い糸に繋がれている姿はまるでその束縛から一斉に逃れようとしているようでもあり、ここでも逃れがたい記憶や繋がりという不安を抱かせる。

もっとも感銘と衝撃を受けたのは、数年前の横浜トリエンナーレに出品され話題になった「After that-皮膚からの記憶」という巨大な3着の服が掲げられている作品だった。ここで巨大と書いたけれど、おそらくこの巨大さから来る印象は想像しても実感できるものではないと思う。私も何度か写真で見たことがあったのだけれど、それとは全く異なる存在としてそこにあった。もちろんその巨大さは遺跡のような荘厳さなどを作り出して入るのだけれど、みなれた服がまったく別なものとして現れてくる事にたいする驚きと不安、背後にある隠された世界の痕跡を感じさせてくれた。
その不安は自分のなかでうまく言語化できない感情によってうみだされる種類のものでもあると思う。

同じフロアで同時開催されているのは、宮本隆司と石内都の写真展示。どちらも記憶や痕跡という主題で作品を作り出している写真家であり、塩田のしめす記憶・痕跡と対比して感じてみるのも面白い。
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by shinichi-log | 2008-08-27 02:52 | review | Comments(0)
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