「窓のフィールドワーク」での雑感
昨日はミッドタウンのデザインハブにてWindouwScape展(http://www.ykkap.co.jp/madoken/news/news05.html)の関連イベントとして、能作文徳さん、金野千恵さんとご一緒させていただいた。以前ここからの建築というインタビューシリーズで取材させていただいていたので、聞き役としてお声がけいただいたようだ。

お二人はこれまで塚本研の一員としてWindowScapeのフィールドワークに多数参加されているので、その経験が現在の設計活動にどのように接続されているのか、またフィールドワークの醍醐味と現在的な意味を探り出したいと思っていた。

さてさてこの思惑がどれくらい上手くいったのか、、、司会をしながら自分のことを客観的にみれている状況でないとだめだと思うのだけれど、後半見えてなかったなーと反省。

拙い司会はともかく、お二人のお話はとても興味深いものだった。
能作さんは、WindowScapeのフィールドワークでの気づきの中から窓の見方を提示し、その後、実作を通じて実際窓がどのように現れているのか話していただいた。その窓は、機能的な要求よりも少し大きく開放的なものとしてつられることで、その場にいる人にアクティブな影響を与える。そこには生活の中で「自由」をいかに獲得するのかという問いが潜んでいるように感じたのだが、それは世界各地の窓辺にうまれている生き生きとした人々の生活を感じる中で浮かび上がってきたものなのだろう。また上岡のゲストハウスでは、屋根瓦を再利用することで街並への接続が計られている。印象的だったのは、そのような建築家の選択が、地域における瓦の存在を顕在化させ、地域の中で共有されるものになるのではないかということだった。歴史に接続し、地域に繋げていく。

一方、金野さんは自作の紹介を中心に、現在の日本の中で窓という空間の社会的な重要性を指摘されていたように思われる。Tentacle(=とおくにあるものでもこっそりとしっかりつかんではなさないもの)というキーワードをあげ、窓を境界としてではなく、インターフェースとしての可能性を実に豊かな空間的なリソースの中から構想されているのが印象的だった。どのような創作物であれ様々なレファレンスによって成り立っている訳だが、普通そのレファレンスはそのジャンル内から選ばれる。しかしロッジアハウスでは、じつに様々な地域、時代から集められたソースが縦横無尽につなぎ合わされリミックスされ、さらにそこにくらす住人の感覚でミックスされ、ローカライズされる。窓そのものではなく、窓を介してうまれる暮らしによって、近隣や地域、社会の問題へとひっそりと、しかし、しっかりと繋がっているのだ。

金野さんがルドルフスキーの「私たちに必要なのは、新しいテクノロジーではなく、新しい生活の術である」という言葉を紹介されていたが、まさにこの「新しい生活の術」としての建築をこれから我々は生み出すことができるのかが問われていると感じた。そのためには、フィールドワークによって、歴史と地域という垂直/水平にひろがる膨大な関係性の編み目を読み込み、そこに建築を接続させること、もしくは編み目をつなぎ合わすことが必要になってくる。そして、建築がそのような生活の術を生み出す力を持ち得ているのだという確信を得るために、フィールドワークに赴くのだと感じた。
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by shinichi-log | 2014-06-08 11:05 | Comments(0)
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