「かぐや姫の物語」を観て

お正月のしめくくりに「かぐや姫の物語」をみた。よく知ってる筋書きはそのままであるのに、すぐれた語り部によることで、昔話がこんなにも今を生きる物語となって展開されるのかと驚きだった。そのお話を知っているということと、物語として味わうというのは異なる体験なのだろう。今では絵本を読むことでその筋を知るということが昔話の経験になっているが、昔のようにおじいさん、おばあさんなどによって語られていたものは、その語り手の生き方も含み込みながら物語としての豊かさを包含していたのではないか。昔話は多くを語らない。多くを語らないからこそその行間に、個別の登場人物のキャラクターに、語り手の息吹が入り込む余地がある。生まれて初めてかぐや姫の気持ちに思いをはせることになるのも、このすぐれた昔話の構造を周到しているからかもしれない。そういう意味でも、これは「竹取物語」ではなくまさに「かぐや姫の物語」というにふさわしい作品ではないだろうか。

さて、宮崎作品は何度観ても変わらず面白いのにたいして、高畑作品は観れば観るほど違った味がする。今回のかぐや姫の物語も今後何度か観ていくうちに今とは違う感じ方を何度もすることになるのではないだろうか。その違いはおそらく、宮崎監督がそのメッセージの強度が、その物語が展開される世界=設定によっているのにたいし、高畑監督はそこで生きる人間の姿を通じてメッセージを描いているように思われる。宮崎監督の世界、もしくは時代は常に眩い魅力を放ち、そして独特の情景や強度を有している。それにたいして高畑監督の描く人物の想いは観るものと共に変化する。その細かい心の機微を捉えるための表現が随所に仕組まれているのではないか。だからかめばかむ程味が増すのだ。
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by shinichi-log | 2014-01-08 16:12 | review | Comments(0)
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