プロジェクト大見新村について
京都市左京区、三千院で有名な大原のさらに北西の山の中に「大見」というほぼ廃村がある。今この村を、「新村」として一から考え直し、10年後に10世帯程の村として成立させるための仕組みつくりのプロジェクトに参加している。これは、昨年私が所属していた財団法人の同僚で、その村にたった1人で住む藤井さんから、村にお客さんが来た時に使えるトイレを作ってくれという話しをもらったのがきっかけで始まった。藤井さんの思いは再び大見という村が再び集落としてよみがえるという事であったので、トイレだけでなく、これは新村計画として、村つくりとして考えてみようというのが趣旨である。
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廃村といえど、北山の我が家からくるまで60分の位置にある大見の可能性について考える事は、同じような都市近郊の集落の今後のあり方を探る事にもなりそうだ。そもそも人口減少、高齢化といった問題を抱える集落に関わる時の大きな障壁は、地元のしがらみ。よそ者として微妙なハンドリングが求められる。その点、大見はすでに定住世帯がおらず、とはいえ全く放棄されているわけではないので、一般的な問題を引き継ぎつつも、ある程度ゆるやかな条件のもと取り組みが進められる。

とはいえ、正直これまで農村に興味があったわけではない。場所によっては、限界集落を段階的に廃村させていくべきだとも思っている。ただ長い時間をかけて作られてきた風景や集落が全てなくなるというのはもったいないし、治水、獣害などの面で問題も多いだろうから、適切に管理しつつ、残せるところは残していく方法をちゃんと考えることは大事だなと思う訳だ。車で60分で市街地にいけるのであれば、山間の集落で自然のサイクルのなかで生活していきたいと思う人は少なくないはず。

個人的に、高度の集積した都市部とは違い農村のように分散して存在する集落は、インフラという側面においてある程度自立的な仕組みをもっていた方が、全体として効率がよいのではないかと思うところがある。例えば、比較的導入が簡単とされている小水力発電や、循環型のコンポストトイレ、薪をつかった暖房システムなどをうまく組み合わせつつ、最小限必要な道路や通信などは公共インフラにたよる。いわゆるパーマカルチャーに近い考え方ではあるが、理念的な部分ではなく、実利的にうまくいきそうな部分を上手く利用するというふうに考えていきたい。

その他、農業再生を目的としていないので、都市近郊におけるあたらしい働き方、産業について考えることになると思う。昔、大見は炭つくりを生業としていたらしいが、現在では炭は昔のようにモノを燃やすため以外にも、ろ過や脱臭材として利用されるようになっているので、新しい文脈の製品として考えれるかもしれないし、大きな音を出す事も可能なので、木工などの作業場を併設した住居などをつくるというのも考える事のできそうな選択肢だろう。もちろん藤井さんのつくるおいしい有機野菜も一つの売りになるだろうから、木工の直売所、有機野菜のレストラン、循環型の生活が学べる仕組みなどが組み合わせ、街から人を呼ぶ仕組みもつくれないだろうか。

現実には、多くの空家が存在しているが、年に一度だけ持ち主が戻ってくるだとか、人に貸す事への抵抗があるということで、住む場所を提供する方法を考えないといけない。例えば、市が管理している空き地に村の暮らしに特化した共同住宅のようなものを建設など。

以上、あくまで、プロジェクトに参加している私の個人的なコメントではありますがプロジェクトの紹介。

で、現在この「大見新村」プロジェクトメンバー募集中。
これまでハードル高そうだなと思って農村とか関わってないけど、農業や狩猟に興味ある、田舎暮らしについて考えたい、循環型エネルギーとか考えたい、古民家の修復したい、とか思っている人はぜひ。
http://www.oomi-shinson.net
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by shinichi-log | 2012-07-01 12:08 | daily | Comments(0)
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