倉方塾で、、、
倉方塾に呼んでいただき、ひさしぶりのRADプレゼン。
僕らにとっては、来年度からの展望をふまえて、これまでを振り返る非常にいい機会であった。
これまで、時々の状況や巻き込まれ方で進めてきたプロジェクト達を構造化するよい機会となった。

師でもある米田さんが会場に来られるという事でかなり緊張していたが、直前によった粒々堂の松村さんにお茶に誘ってもらった事で大分緊張がほぐれた。ほんとにありがとうございました。

【未整理なメモ】
さて、一通りプレゼンをしたところで、自分たちの意見表明という事に置いて不十分ではないか?そのことが何となく不可解だというような話しへと議論が進んでいったように思う。それは、各プロジェクトが並列的に並んでいるのだけれど、その全体を通しての集約されたメッセージが見えてこないという事へのいらだち、というか腑に落ちなさだと思う。そのように活動を上手く集約して編集したらすっきりとクリアに見えるという意見が一方であり、パッケージ化されていない状態をとどめいている事こそRADの活動における強みなのではないかという意見もだされた。つまり、並列的に扱う事でRADのアイデンティティがまず複数化されるのだが、そのことは個別の強度の弱さとしてありつつも、並列であるからこそ巻き込める人のバラエティや、場に適応するカタチでのプロジェクトの進化の可能性もあるだろうと。それは西洋的というよりは東洋的な思想であって、ネットワーク理論に近いものなのではないかというのが恩師のご指摘。

途中三角形をもちいた図を提示し建築的な領域の広がりを説明した。意図していなかったが、おそらくそこで言いたかったのは、要は中心の一点に集約していくような動きではなく、周囲に網の目のように拡散して広がっていくような動き方がしたいという事だったのではないだろうか。おそらくその事が、先に言われているネットワークであり、現代的なリスクヘッジという話しに繋がるのかもしれない。つまりそもそも集約化しパッケージングする事が目的ではなく、どれだけ拡散でくるのかということを僕らは問題にしていた。

そういえば、MVRDVが都市においては革命ではなく、絶え間ないevolutionこそが重要であるべきだと言っていたが、そのようにRADの各プロジェクトも発展的進化を遂げながら、状況に合わせて生き残っていくという戦略と考える事もできる。その事の価値や意味やクリエイティビティをどれだけ提示できるのかということにいなるのだろうか?

プロジェクト同士は並列的に存在し、主体性を複数化したまま、プロジェクト内部での集約を上手く進めていく事が今後の課題でであろうか?

ともかく、プロジェクト自体への質問はなく、RADという活動そのものへの疑問が集中した事がどういう事だったのかも少し考えたい。
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by shinichi-log | 2011-12-14 02:53 | review | Comments(0)
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