三分一博志レクチャー/環境をエネルギー場として捉える
建築家三分一博志は、「地球のディテール」というキーワードとともにエコロジー系の建築家として捉えられてると思う。初めて三分一氏の建築を雑誌で見かけたのはMIWAGAWAという木目の美しいコンクリート打ち放しと、型枠を使った建具の建築で、写し取られたもの(型枠)と、写されたもの(コンクリート)ので出来ているこの建築は、その素材の一体感と、また完璧なデイテールが静謐な印象を与えるミニマリズム的美しい建築だった。なので、その後彼三分一氏が勾配屋根の地中に埋まったような環境系の建築を生み出しているのを見て、少し残念に(入らぬお世話だが、あんなに美しい建築をつくれるのだからもったいないという思いから)思いながら、特に強く注目してきた訳ではなかった。そういう経緯もあり、個人的には今日の大学での特別講義の期待度はあまり高くなかったと言っていい。しかし、結果今年一番の充実した特別講義だったのではないだろうか。

Energy Scape
三分一建築のユニークなところは、建築も地球/環境もエネルギー場として統一的に捉える視点だと思う。それは、人も自然も地球の一部というような共存というレベルを超え、それらを別々のものとして捉える事無く、同一の系としてみる事を意味している。統一場理論というものがあるが、そう言う考えに近いのかもしれない。景色というものはエネルギーの景色(Energy Scape)としてつくられているという。ゆえに、三分一にとって建築も、地球も、環境も等価であり、そうであるが故に建築が環境になる、地球になるという思考も可能になるのだ。地域の素材を使い、形態的に溶け込ませていくように建築を消していった隈研吾に対し、三分一氏は、建築もエネルギーの場として環境と同一に考えるという意味で建築が消えていっている印象を受けた。

地球のディテール/建材
このEnergy Scapeという思考法でもって具体的に建築に落とし込んで行くときに、鍵となるのが「地球のディテール」なのだ。「自然環境に導かれている風景や建築は地球の一部となりうる」「全てのディテールは地球に通じている」と三分一氏が言うように、ここでの地球は土や空気、水などの環境総体の事を指す。もちろん空気自体の詳細を扱う事は出来ないのでここでのデイテールは「存在の仕方」というぐらいに取ればいいと思う。そしてこのディテールを適切にあたえることで、あらゆる自然素材(空気、水など)を知的な「建材」として使うことが出来るのだと言う。つまり空気のような環境的な要素を、それ自体が建築を構成するものとして、ガラスや木などと等価に扱うという考えが「建材」という言葉に見て取れる。そして、そのような環境的な要素を「建材化」するために必要とされているのが適切なスケールとディテールなのだ。

とはいえ、そこには絶えず「装置」っぽい建築への契機が落とし穴として残されている。ある種の性能を愚直に追いかけた結果、生真面目さが裏目に出るということも起こって来る。装置的であるものを、きちんと風景としてみせる。そこには別種の建築的な感性というものが必要になってくるのだろう。

都市へ向かう可能性
今回の講義で示されたのは比較的地方の自然豊かな地域での話だったが、犬島のプロジェクトで人のてによる廃墟も過去に膨大なエネルギーが注ぎ込まれた場として捉えたというふうに、都市をEnergyScapeという見方で観るならば、巨大なエネルギーの塊(何百万人という人、車、都市の熱)である大都市においてこそ、三分一建築の可能性が開かれる気がしてならない。現在は建築も車や人と同様かそれ以上にエネルギーを排出する存在であるけれど、そのような都市のエネルギーに適切なディテールを与えて、建材化し、建築に取り込むことで、建築が効率的に都市のエネルギーを消化するように存在するのかもしれない。それは緻密なデザインと、取り組み、そのためのリサーチがそう思わせてくれる。ここに三分一氏の建築の魅力があるのではないだろうか。
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by shinichi-log | 2009-12-03 02:17 | Lecture log | Comments(0)
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